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戦前戦後

18. リズムデラックス 【農村時計】

メーカー 製造年代 大きさ 仕様・備考
農村時計製作所
(埼玉県南葛飾郡南桜井村)
昭和25年頃 直径 11cm 毎日巻き、目覚付、金属枠、金属文字板

土地や工場、設備をGHQから一時使用許可のもとに使用し、時計の生産をしていた農村時計であったが、 昭和23年2月に連合軍指令で工場建物の明け渡し・機械設備の使用禁止が下された。 同年4月24日、機械・設備の使用の途が立たれてしまうが、その補充を関係官庁や時計業界から受けられることになり、 なお設備の不備に悩みながらも昭和23年12月、新設計による目覚時計を市場に出すことができた。 売り出しに際して、製品マークも一新することになり新商標を募集、多くの応募の中から、「リズム」が選ばれ、 旧来の「ノーソン」に代わるリズム目覚が登場したのである。 リズムの商標は、後述する新会社リズム時計に引き継がれ、今日のブランドイメージを確立している。

社会的背景と会社の終焉

昭和24年に実施されたドッジ・ライン(Dodge Line)政策によって、 戦後インフレは収まったが、逆にデフレが進行し、失業や倒産が相次ぐ「ドッジ不況」が引き起こされた。 五十余社に及んでいた時計メーカーも、昭和25年には半数程度までに淘汰された。英工舎・東洋時計・東京時計などもこの時に伝統に幕を降ろしている。 基盤の浅い農村時計も当然この波に揉まれており、相次ぐ人員整理を断行、ようやく事業を継続している状態であった。

人員整理の結果、農村時計の人員は八十人足らずとなったが、この規模で月産6000個を目標に技術の向上に努め、業界に先駆けて新技術を打ち出し、 昭和25年には時計性能コンクールで通産大臣賞を受賞するまでに至った。 しかし、同年10月30日、農村時計は事業を閉鎖し、 11月3日、別会社のリズム時計工業株式会社として再出発することとなった。

参考文献:「社史外伝」シチズン時計株式会社

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金色の金属枠とベークライト製の脚が特徴的です。 目覚ましの目安は12時下の回転窓になっています。 裏蓋には、大きく、MADE IN OCCUPIED JAPAN. の刻印あり。

機械

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機械はノーソン時代のものがベースとなっています。 気づいた変更点は二つ。 一つは、ベルのストッパーが裏側に移動したこと。裏蓋の一番上のつまみを引くことでベルを停止できます。 それでは、頭のボタンは何なの? ハイ、ダミーです。 もう一つは、打方の逆回転防止用の部品「コハゼ」の大幅改良。 従来の真鍮製の爪ではなく、打方一番歯車自体に幾つもの穴を開け、その下から数箇所ひっかかるような形にしています。 この形では大きな力は支えられなかったのでしょうか、時方は従来通りのコハゼのままです。

日本時計学会「時計」昭和24年より

3 1/2吋目覚時計Rhythm

「時計」昭和24年12月号より広告

商標はリズムとリズムデラックスがあり、 デラックスとそうでないものの違いはどこにあるのか謎です。

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