20. 和風(京都)アールデコ 小林かいちの世界
絵葉書 「君待つ宵」
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木版絵封筒
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小林かいち(1896明治29年~1968昭和43年)
本名小林嘉一郎は、大正初期に京都で染色図案家として仕事をしていたが、 大正12年関東大震災頃から京都三条京極角「さくら井屋」にて、 日本の伝統木版が持つ味わいを踏まえた上で当時流行のアールデコを巧みにアレンジした絵葉書や絵封筒を売り出した。 「現代的版画抒情絵葉書」と銘打った4枚組の多色摺木版画絵葉書は、題名を付けて絵封筒と共に月ごとにシリーズで売り出され、 乙女たちの人気を博した。
関東大震災で壊滅的な被害を受けた東京に代わって、関西が一時、情報の集積地となった。 これを受けて、関西には、京都の和と当時世界を席巻していたアールデコの新様式とが混在した「京都アールデコ」 と呼ばれる和風アールデコの世界が出現したといわれる。 かいちは、その代表として注目されている。
20世紀初期のヨーロッパの挿絵本の抒情画の影響を受けた慟哭する女性のスタイルは、 大正ロマンの画家・竹久夢二にも有るように、日本で特に人気のあったテーマで有ったようだ。 この絵ハガキシリーズの最終第38集「君待つ宵」は、 このかいち特有の体形と表情のない女性象の中と時計の文字板で構成された、かいちの代表作である。
戦争の足跡が聞こえるようになると、これらの作品は色もデザインも否定されるようになり、 かいちも本来の京友禅の染色図案家の仕事に再び向かう事になる。 かいちの作品に見るような和風デコと呼ばれるデザインは最近の呼び名で有り、 当時はアールデコという名前の流行もなかったのが構成派とか未来派とか呼ばれて新興芸術として発展をした。
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時計の世界でも、関東大震災を契機にデザイン的には世界的な流れの中で、 国内で新しいアールデコデザインの時計の流行を見ることができる。 特に数の多かった置時計や掛時計の外形やウオッチやクロックの文字板のインデックスにその影響が顕著に表れている。 大正後期から昭和初期、昭和モダンという洋風に突き進む過程の中で、関東大震災の影響によって、 文化活動の中心が関西にシフトしたことが、日本のアールデコの発展に特異なDNAをすり込んだとみると、 世界的に見ても大変ユニークな昭和初期の日本のモダニズムが見えてくる。 そう思うと、かいちからも昭和初期の時計のデザインが見えてくるようである。
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