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時計引札

2. 大隅源助の引札

資料1 江戸末期

大隅源助引札

木版墨摺、江戸末期
《 個人蔵 》

引札は広告用チラシですが、古くは薄手の和紙に木版摺りされてカタログや包装紙も兼ねていました。 浅草茅町二丁目の大隅源助商店は寛政九年開業と言われ、江戸後期の職人録には「分見道具」いわゆる測量道具を扱う店として記されています。 この江戸末期頃と思われる引札には御眼鏡細工所、分見町見道具類、磁石、時斗類などの取り扱い品目が描かれていて、 当時の最新の国産と見られるハイテク商品が並んでいるのが興味深い。 この大隅の引札は江戸後期〜明治版まで少しずつ内容の違うものが10種類以上知られていています。

江戸の両面摺りの版には櫓時計と名打って台時計(和時計)が描かれ、 また明治初期の版には尺時計が八角レバークロックと一緒に載っているなど、和時計の普及の実態を知る貴重な資料となっています。 和時計は江戸初期に出現し、大名の占有物で有った事から「大名時計」とも呼ばれていますが、 江戸中期〜後期には時計師も町へ出て商売をするようになり、江戸後期の買い物案内のガイドブックには時計師の名前が出てきます。 しかしその販売形態や普及の実態はよく分かっておらず、このようなカタログに商品として和時計の図が出てくることは極めて稀な事です。

大隅源助は当サイトに所載の 「諸品商業取組評初編」(明治12年) 時計商の番付 に年寄として別格の扱いになっている時計商としても老舗ですが、 明治25年日本全国商工人名録の時計商の項目に「浅草茅町二の五大隅商店、野村源助」とあり大隅は屋号で有る事が分かります。 和時計のカタログの存在は殆ど知られておらずこの大隅源助の引札の存在は貴重なものです。

尺時計(中央上)

道計の実物

徒歩計(表と裏)

高8cm

尺時計のとなりにある「道計」の実物。 セイコー時計資料館では歩度計と呼んでるようですが量程器と書いてある本もあります。 徒歩計などと名前の入ってるのは珍しいです。 要するに万歩計なのですが腰に付けて、歩くことによって内蔵の振り子が左右に往復運動してカウンターに伝わり文字板の指針に歩数でなく距離数で示すというもの。(里、町、間) 平賀源内作のものには宝暦五乙亥(1755)と在銘が有り最古のものといわれている。

資料2 江戸末期 櫓時計掲載版

大隅源助引札

木版墨摺、(両面摺り張り合わせ)33×48cm、江戸末期

台時計(櫓時計)

江戸浅草茅町弐丁目 大すみ源助の大型の両面摺りの引札。
先の源助の引札と同時期の江戸末期のものと思います。 江戸期の引札としては大変珍しい台時計(櫓時計とあります)が表に載っています。 その他舶来の懐中時計(根附時計)やオルゴール(ヲルコウル)などが目を引きます。 舶来品と国産品が混在してますが先の引札同様、和時計がカタログ図版として江戸期の引札に載った希少な例です。 和時計が江戸後期には都会において容易に入手できたことを示す貴重な資料です。裏は測量器具が載っています。

資料3 明治初期 八角レバークロック掲載版

大隅源助引札

木版墨摺、25×34cm、明治初期

東京浅草茅町弐丁目 大隅源助の明治初期の引札。
住所から明治時代のものと思われるが、まだ尺時計がカタログに載っている事が分かる。八角時計が入る。

資料4 明治初期 尺時計なし

大隅源助引札

木版墨摺、25×34cm、明治初期

東京浅草区茅町二丁目六番地 大隅源助の明治初期引札。
大きく八角時計がタイトルの上に描かれ尺時計が消えるので時代が少し若くなってることが知れる。

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