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時計引札

11. ハイカラさん

ハイカラさんと時計塔

ハイカラさん 引札

石版色摺、明治後期、24x35cm

洋犬をつれて颯爽と走るハイカラさんと時計塔や自動車、飛行機、飛行船、赤ポストなどの当時の最新のアイテムが見れます。

「ハイカラ」の語源

明治の新しい言葉に「ハイカラ」が有ります。 明治事物起原に「明治31,2年の此、毎日新聞の記者石川半山、ハイカラーといふ語を紙上に掲げ、金子賢太郎のごとき、 洋行帰りの人々を冷評すること度々なりし。 泰西流行の、襟の特に高きを用ひて済まし顔なる様、なんとなく新帰朝をほのめかすに似て、気障の限りなりければなり」 と伝えているように、洋行帰りを気取った高い襟のシャツを着こなした西洋風な流行を追った人やモノを椰揄してハイカラと呼びましたが、 やがて流行語となり、西洋式の新しいものにはすべからくハイカラと呼ばれお洒落な流行としてハイカラが定着していきました。

時好(はやり)双六

尾竹国観筆、明治39年
三越呉服店立案、発行、 石版印刷、53×72cm

三越呉服店立案発行の双六に、 男は「ァァ、顎が痛い、これもハイカラなら仕方がない」、女子は自転車で「風をも厭ふ姫御前の風を切ってぞ走りゆく」とハイカラさんが描かれています。 靴をはいて颯爽と自転車に乗って束髪をなびかせるのはパラソルとともにハイカラさんの典型的なイメージとして人気がありました。 これはまた教育の場を与えられた自立する女性への憧れのスタイルでもありました。

自立する女性のシンボルであった女性のハイカラさん

背景に時計塔らしき影

第一国立銀行(兜町海運橋際)のようにも見える

自転車

楽器(オルガン、バイオリン)を弾くハイカラさん

三枚、いずれも明治後期の団扇絵(引札)の見本摺り(木版)です。

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