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時計技術の相互研究

121. エスケープメントの注油

[問]懐中時計のエスケープメントに注油の場合に一つの歯車にのみ注油せばよいか両方の歯車に注油しなければならぬか、 又エスケープメント車輪の歯の上に注油するべきでせうか御教示を乞ふ。

[答] エスケープメントに注油の場合は便宜に関係なくエスケープメント車輪の歯や歯車の一方にのみ注油することによって 目的を達することは至難である。
ローレックス懐中時計製造所の研究に依って明らかにされたやうにエスケープメント車輪の歯の刺戟面の上に油を残すことは 単に歯車の上に、薄いゴム状を残し悪結果を招来する。しかし宝石入り(爪石と雁木車)(振り石とアンクル)は注油の必要が ないのです、注油のため却って振りが悪く又その油がゴミを保持する為めよくない結果が起るのです。 ですからクロノメーターの雁木とローラーの爪石には絶対に注油をせぬのですが安物の石の無い器械の摩擦面は極く少量、 油を注すと言ふよりも擦り付けて置くと言ふ程度にして置く方がよろしいのです。

122. 八日巻時計の進み遅れの原因

[問]八日巻のゼンマイで動く掛時計があるが少しも規則正しく運行をなさない。これは如何なる訳か。 別に悪いところもないが結局だんだん遅れる。又ゼンマイを巻いた後 数日間は甚だしく進み過ぎるので、この理由を知りたし。

[答] 八日巻掛時計の進み過ぎ又遅れ過ぎの場合には時計の構造や品質の如何に依って決するものが多い。 即ち品質の上下に依って大変な相違が起る訳です。安いゼンマイ動力の八日巻掛け時計は全く間に合わせ主義の構造をなしてゐて 一時巻きと同じやうな力で以て八日間もの動力を課せられる結果ではあるまいか。 だから八日巻きに適する強力のスプリングを使用せば八日間中は平均して同じ動力で能動するのである。 この動力を備へたとして各部の構造の調節を計るべきである。お示しの掛時計は恐らくは各部が脆弱を以て構成され動力の ゼンマイも不充分と信ずるから、これが修理は根本的に遡ってやらぬと駄目である。
こんな掛時計を客に売った場合にはキット正確の時計でないとの苦情を惹起するものである。 販売人が時計上の知識を欠く時は客は常に不平及不満を招き、ひいては時計商業の衰退を招来す。
概して安い時計よりも客は喜んで正確の時計に金を支払ふものである。 然し販売人が、これを説明する知識を欠いてゐるために安時計を高い値段で客に売りつけてゐる結果となるのだ。 また他方に於ては客に形式上美しいものだけを売ったといふべきである。
安時計に於ける苦情はしばしば起るものだが、この場合には多くは販売人の時計に対する知識の欠乏に帰するものだ。
さて、此の時計の品質が上等のものでメーン・スプリングの仕上げが貧弱であるならば、このコイル(発条)を廃して よく仕上がったものと取換へる必要がある。 また上質時計の他の欠陥として同一のメーン・スプリングでも余り重い強いものが時々ある為に調節をする代りに歯車の運行 及び脱進機を損する事となる時計の○速が恐らくメーン・スプリングの良否に依って決するとせば、高級品を嵌め込まなければ ならないのである。
以上、掛時計に就いてお答へしたが置時計(天府振り)は尚ほ多くの時差を表示します。 之も矢張り巻き〆た時に八日間を経過した時のゼンマイの力に変化を生ずるからです。故に成るべく長くして弱い力のゼンマイ で具合良く動く機械がよいのですが原則として八日巻天府振りが八日間毎日平等に時差のなき状態は先づ望み得られない事です。

123. 修理に困る手の油を防ぐ法

[問]時計小物修理の初心者として直接感じましたが小物の地板一番受、二番受を指先に持ちますと私は油手のために 地板が曇りますので、ライス・ペーパーを使用して見ても、やはり地板に曇りを生じます。 時計に対しては絶対禁物だと思ひますが何か予防法はありませんか。又手の油を取り去る方法もありましたら御教示下さい。

[答] 一切時計に指先を触れない方法は余程熟練しなければ不可能である、がしかしながら現在時計組立などに使用する器械を 用ふれば折れ釘を軽く支へる位ですみます、そうして熟練するに従って指先に力が入らず、 手の油の出る事がだんだん少なくなるのは吾々の経験を以ってしても思ひ当たることがあります。 貴方の様な手質の者で油の○けに甚だしい錆を生ずるものがあったが、その人は帝大病院に行き医師に相談して、 エッキス光線療法を試みたがその結果は適確ではなかったので常に拭布などを用意して手を清潔にしてライス・ペーパーを用ひて 居れば差し支へないと思はれる。 大体に於て地板に手の触れる修理法は感心出来ないのです。手を触れずに組立ての方法をお考えなさい。

124. 気温によるゼンマイの切断

[問]寒冷時に於て懐中時計のゼンマイがよく切れるがこれは如何なる訳か。

[答] ゼンマイが鋼鉄である本質上、気温が高ければ伸長し、低ければ縮小する。さうして硬度が幾分でも気温が低いと高くなるのである。 この理由で若し温の一番に上ってゐる時にゼンマイを固く巻いたとすると、それが解けはじまらない中に急激に温度が下がると ゼンマイは縮小を来すので弱い部分から切れるといふ結果になる。 だからゼンマイを巻く時間は朝を一番とする。これは気温が上昇の時間に向かってゐるからである。 又寒冷で切れるゼンマイの部分は多くは軸から三乃至四渦巻程度の部分である。

125. 天府の横振れと其の処理方法

[問]天府の横振れは如何なる方法にて直しますか、その方法をお知らせ下さい。

[答] 横振れは種種雑多な原因に依って生ずるものでありますから自ら修理方法も異なる処があります。然し乍ら大別して見るに、
(一)切天府の場合、不注意に依って時計師の作る振れ
(ニ)天真取換の時に俗にいふアミダ(アーム)を太い天真などを無理に取付けたり或いは細い天真を無理にカラクリたる場合などに 中天真点の片寄りアームのたたき延し等に依って生ずる振れ
(三)天府の平衡を欠いたる即ち上下振れ等をあげる事ができます。
併して(一)の場合は比較的容易にこれを直すことが出来ます。
(ニ)の場合は、カラクラれた天真がその中真を得て居ない場合は天真を取り外して更に性格なる天真と取替えるのですが、 この場合は果して再び失敗を繰返さない様にその中真を得てゐるや否やを確かめた後固くカラクルべきである。
(ニ)のアミダの延びたものに対しては、つまりアミダそのものが円に対して長き事になるから、これは円を 大きくする外方法がありません。
併し外の方法に時折天府輪を切って切天府様にして補ふのを見るが此の方法は賢明ではない。 寧ろ輪の裏面より先の平らなるタガネを用ひて一、ニヶ所を叩けばその輪は延びることになるから少々位の円の不足を補ふ事に なります。
(三)の場合は、何れの場合にも共通する処であり又最も多く見受けられる故障であるが、これは天府真の○に対してアミダの 末端に位する部分を双方振見にかけて水平であるか否やを確かめ、然る上にそれ以外の部分の振れを直す方法に依るのでありますが、 要は振見のホゾの当る部分が正確なる事と併せて、これ等以上の推理に基づく熟練の結果に待たねばなりません。

126. 緩急針と駐ピンの正しい隔り

[問]懐中時計のゼンマイの緩急針と駐ピンとの正しい隔たり方を問ふ。

[答] 駐ピンの固定は原則として捲き上げヒゲの場合は駐ピンの間に螺旋が自由に運動し得る空間を必要とするし 又これが平面ヒゲの場合には捲き上げヒゲのその高さの二倍以上の空間を与へる事が必要ではないが、 螺旋板に捲き上げヒゲの場合よりも少しく余分に自由の場所を与へる必要がある。

127. 時計の掃除と香箱の手入れ

[問]掃除に際してゼンマイを香箱(スプリング・バアレル)から取り出してやるのが今迄の私の式でしたが、 ある人は高級ベンジン油の中にゼンマイを香箱に入れた侭浸し、それから電気ランプの上で乾かすといふし、 又スプリングの頂上に適当の油を注ぐといふ順序です。 或る技術者はこのゼンマイを香箱に入れた侭の掃除は時間を節約し、ゼンマイの破損を防ぐ良法だといふし、 これと全く反対の意見を述べる人もあるが、何れが良法かを知らして頂きたい。

[答] 時計師は掃除に際しては、メーン・スプリングを取去ってからやることは間違ひのない正当の事だと主張する。 この理由でゼンマイを取去って掃除をするのは悪い筈はない。 若し函にゼンマイを入れた侭でやれば、古油をスプリング・コイルの間から取去る事が出来ないのである。 またスプリングを香箱から出してよく掃除せばスプリングが正当の状態にあるや否やを検査する事も可能だ。 スプリングは時計の生命であるから、香箱中のスプリングの緩厳を良く見ないと破損する。 メーン・スプリングのコイルの間には良い油が最も必要だ。これは、バネの摩擦を円滑にするからだ。 この円滑性の油の性能を発揮するには、古い油の完全除去が必要だ。
だから良き時計師は掃除の際一々分解して揮発油でよく洗ひ、スプリングの面をよく拭き香箱の中に収めてから純良油を その頂上に注入する。香箱の中にスプリングを入れる時によくスプリングを破損するものだ。 此の点になると一方の説である香箱に入れた侭スプリングを取出さずにベンジンの中に浸す方がゼンマイの破損を防ぐ 方法だといふのも充分理由のある事だ。 米国に長く経験して彼の地の時計学校に学んだ人の言ふ点でもゼンマイを香箱に入れた侭なす方がよろしいと言ってゐる。 要するにゼンマイを出し入れすると弾力のあるゼンマイではあるが長らく一定規画の中に収められてゐたから、 之を急に緩ませると狂ひを生じ易いので、この結果は当然破損の結果を多くするのである。 殊に幅の広いゼンマイを使用してゐるものは特に注意を要するから香箱の蓋を取って見て油が余り汚れて居らず又香箱の 上下を削った真鍮屑の見当たらない様なものはキレイに拭けば敢て揮発油に洗はなくてもよいと思ふ。

128. 切天府輪の切目の効用

[問]切天府輪の歯車に切目を設ける訳を問ふ。

[答] 懐中時計の天府輪に切目のある訳は第一が金属は温気によって伸縮性を有することだ。即ち暑い時には伸張し、 寒い時は縮小するのは輪にクルイを生ずるから、これを切目があることによって調節する為である。 又、輪の切目は打連を受ける場合に輪全体とのショックを緩和する為でもある。だから、不遜時計の天府輪などには皆切目が あるのもこの理に基づくものである。

129. 香箱の鉤の特質

[問]懐中時計の香箱の引掛けの良品とは如何なるものを指すものか知りたし。

[答] 香箱の引掛けは、ゼンマイの動きをなさしむる枢軸を司るものであって、ゼンマイの弾力でこれが抜け出すやうな事があれば、 ゼンマイがハジケて歯車の歯を屈折し又破壊するものである。だから良好の引掛けとしての特質は左の如くである。
(一)香箱の孔の大きさと同じ程度の長さ又大きくなければならない。
(ニ)非常に良く抜けて自由に且つ最もしっかりと定着されなければならぬ。
(三)余り上過ぎる、即ち突き出してゐても余り下過ぎるのもいけない。 その正しい小さいゼンマイの刃金の巾に等しいものを要する。
(四)その正しき香箱の高さの中央にて底部に対し或いは蓋に対してゼンマイの弾力を発揮せぬやうな位置にあらねばならぬ。
といはれてゐる。

130. 天府とアンクルの調整

[問]腕時計の振止りや振切りを直すに天府提石とアンクルの又と柱との関係不具合の点を見出すが、 これを直すに如何なる方法にすべきや。

[答] これは最も重要な問題で質問の点に答へるだけでも容易ではありません。一部を例として第一に振切線の短い場合が振切るのです。 また一重下座の場合の如く、振切線それ自体に故障がなくとも僅かの天府振れ、また下げツバの取付け不良等の為に、 振切る場合もあります。 これは、二重ツバの場合も亦同じ意味です。しかし乍らその原因の何れかを見極めるのが先決問題で、また振切線の短いか相当で あるかを見分けるにもアンクル爪石等に重大なる関係を持ちます。 そして爪石が正当なる喰合せを保ち天真下ツバ爪石等に異状なき場合は振切線を長くするのです。 単に振止りといってもこれに対する故障は凡そ数十を数へる事が出来るから茲に一々列挙するのは不可能でありますから 研究書に依って研究を積まれるのが得策でせう。

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