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時計技術の相互研究

71. 修繕上の注油順序に就いて

[問]時計修繕の組合せにバランス(天府輪)を入れる前に注油をなすべきか、 また最初にバランスが普通に運転し得る配列に組立ててから注油する方がよいか御教示を乞ふ。 また若し懐中時計の配列されたホイール・ピポット(歯車の枢軸)の頂上が底部より直径が大きかった場合は、 時計の運行は阻害されるであらうが御伺ひします。

[答] 普通の場合には総ての修繕作業は掃除の前に於てなされるのである。 さうして清潔に掃除してから車軸やエスケープの部分を組立てて具合よきを見てから注油すべきである。 そうして(上右)や受石の総ての連結部たる穴部宝石の受部には組立ての前に油を差すのである。 総ての場合にバランス・ピポット(天府真)の連結部と受石部と同様に組合せ前に注油すべきである。 また運転する枢軸の頂上も底部と同一のダイヤメーター(寸法)であらねばならぬ。 若しさうでないとすると両端が同一の摩擦をなさぬから正確の運転は望み得ない。 特に注意すべきは、受石の面には極く少量でよいので余り沢山につけては其の油が受石面にだけ溜まって居らず周囲へ流れ出して 却て必要とする石面には無くなってしまふことになるから、この毛細管の原理の働きを引用して油は少量にして有効たらしむべき 技術上の効用を発揮すべきである。

72. 時計組立後の故障

[問]懐中時計を分解して掃除した場合に、完全に組立てを終ったが非常に時間が狂ふのです。 これは如何なる理由に依るや又これに対する注意を承り度し。

[答] 若し組立てが完全であって、而も時間が狂ふのは多くの場合磁気に依って帯磁性即ち磁化したものと思ひますから、 近代発電機、電車、電燈等いたるところに電気発生を見てゐる時代には、分解前に先づ部分の磁化を除去してから行ふとよい。 この磁気取器は材料店に販売してゐる。

73. 修繕時計の再修整方法

[問]米国第一流の時計修繕店では、自店で修繕した懐中時計の時間修整の検査を、位置、天候、気温、 凡ゆる時計の厳密検査をやるとのことですが事実ですか、この点を御知らせ下さい。

[答] それは単なる噂で事実ではありません。 ごく上等の時計については特別の修整をするのでせうが、普通一般の時計に対してはこんな面倒なテストはやらないです。 しかし、熟練した時計師によって修繕されたものは、普通の場合正確の時間を示すものであって、よい時計の再修整を依頼された 場合は此の限りではありません。 その修繕者が全く無能力な時計技術者であるかまた熟練した時計師の修繕したものでも、取扱上に欠陥があって破損したやうな 場合は正確の試験をなすこともあります。 熟練した時計師は、普通にはこんな面倒の修整はやらんのです、 再修整の場合にのみは正確のテストをなして修整すべき点を明示するのです。 高級時計店は御話のやうなテストをやるものですが、これは修繕前にあらゆる誤差率が明記されてゐる場合に限ります。 この場合の修繕料は普通料金の五、六倍である。

74. 修繕時計の調節に関して

[問]時計修繕後充分に時間の調節をなして返したのに、遅速があるとの苦情を聞くが、 調整の方法は如何にせばよろしきや。

[答] 時計を修繕する第一の目的は正確の時間を指すやうにする事であるから、多少の日数は要してもよく調節する必要がある。 即ち普通に掛けて置いて試した懐中時計ならば更に上を向けて時間を試験し、下を向けてもこれを調べ、そうして如何なる状態に 置かれても正確の時間を指すやうに八方試験する必要がある。 外国の最も完全した商店での修繕は、磁気を除くのは勿論の事、酷寒酷暑中にも正確の時間を指すや否やまでの試験をなしてから 客に渡すとの事だから、決して早く返す事のみを心掛けず、正確の調整を期すべきである。

75. 針の色着け法

[問]如何にして懐中時計の針を色着けるや、私はこれまでやった処では調和した色が出なかった。

ブルースチールの針 [答] 加熱による鋼に色着けする仕事は他の仕事の基礎となるものである。 最初加熱の前に鋼を磨いて置いてこれを応用する事が大切の事だ。 完全に平らの真鍮の板を用意し、ドロドロの旋盤セメントを薄く一面に平らなムラのないやうにのべてゐるのである。 このセメントがまだ乾かないでやはらかい内にその上にこの針を置き、そうしてこのセメントが冷め且つ乾くのを待つのである。 ペキウッド(木片)の一片を切り取り一方の面の上に平らに置き、そうしてその木の直径の約三分の一の削除しその棒を以って これに油又はオイルストーンの粉、第二金剛砂をつけて針の縦を迅速にその表面を綺麗に磨くのである。 それから石鹸水で時計用ブラシをしてよく水をそそぎ、洗ひ清むるのである。 これを古いリンネルの布の上に乗せて乾かせ、他の木片の棒を取る以前のやうに切り取り、これを第一号の極く細い程度の 金剛砂をつけて針を磨くのである。 これがすんだらアルコール・ランプを以って粘着セメントを熱し、この熱で針を板から離して取るのである。 この完全に綺麗にした針を熱板の上に横たへるのである。 この熱が急に熱せず仕事の進行によって漸進的に○めるのである。 そうして望み通りの色が出たならばこれを取り上げるのである。 この加熱する際も熱が平均に行き亘るやうにする事が大切で、色にムラが出ないやうにしなければならん。 若し必要ならば程よい処で完全に綺麗にしたピンセットを使用して板の上に保ってゐてもよろしいのである。 他の今一つの方法は、綺麗な砂の中に針を入れて、これを砂で余熱して平均すれば熱がよく行き亘るのであるが、 この方法はいろいろの困難があるから、私は前の鉄板の上での処理法を望むのである。 この実行は熟練を要する事は無論であり熟練迄はキット失敗するものである。

76. 時計機械面の注油上の要点

[問]私の店の職人は懐中時計の適当なる意見を持ってゐる。特に私は懐中時計の中央幹(二番真)及びキチ歯車の間に注油すべし と主張するのに対し、彼はこの点には油の必要なしと主張してゐる。果たして何れの説が正しいか説明してください。

[答] 懐中時計の中央軸(二番真)及びキチ歯車に対する注油は御説のやうに油を注ぐべきものであります。 機械の真鍮の上の鋼鉄及び鋼鉄の働きを円滑にするにはその表面を油ですべらかにする必要があって、特に連結上に圧力の加はる 様な部分と考へられる点に注意して油を注す必要が多分にある。 キチ車及び巻車の如き力の強いところへは足の重い(濃い)油、又四番、雁木、エスケープメントの方は足の軽い(薄い)ものを 選ぶ方がよい。

77. 機械を側に嵌める時の故障

[問]私は新しいケースによく機械を嵌め込まんとするが、なかなかに難しいのである。 この懐中時計は修繕をなして後にフレーム(枠)の中にケースを入れると運行が止まるし、ケースから外すと運行がよくなるの は如何なる理由でせうか。 この困難はケースの背部(バック)かまたガラスの嵌まる溝縁に難があるかして遂に止まるのではないかと思はれる。 何れの故障かは判らんが私は機械をケースに嵌めるために背部又はガラスの嵌まる溝縁を丸く削り取ったりしたが、 余り完全ではない。この機械はフレームの中には括られては居ないのである。この困難の仕事に対する手当てをお聞かせください。

[答] 貴方の記述によると時計のケースの背部またはガラスの嵌る溝縁に機械を入れるとギシギシと云ふのだ。 此れはこのケースのスプリングの型が壊れたのだ。 また、懐中時計のプレート(平板)やブリッヂのスプリングがよく行かないのではないかと思はれます。 ケースに機械が嵌め込まれないのには何れかの部分の四圍のリングとブリッヂが合はないらしいのですから、 よく四圍の具合を調べるとよい。ケースによく入らんために進行が停止するとは考へられず、これは何かケースに入れる場合に 機械のプレートを押すかして止まるか、ガラスで時計を止めるかするのです。
よく調べずにケースを削ることは一層嵌り具合を悪くする事ですから注意しなければならぬ。 ケースと時計の関係は内部のものでなく恐らくはケースと時計等の支障かと思はれますからよく調べて御覧なさい。

78. 時計修理の能率的順序

[問]私は懐中時計の修理を最も能率的にやりたいと思ひますが、この方法を御教へ下さい。

[答] これはなかなか大問題であって、本欄で完全にお答へできるものでないのですが、然しこの概要だけを申しあげたいと存じます。
修繕せんとする場合に能率を望まるるならば、まづ自動掃除機を使用されることが第一であり、 それからなるべく部品は修理するよりも新品を取り換へることが時間的の経済となる。 価格は少し高くつくかも知れぬが、後で文句を聞かない為にはこれが必要である。 それから、なるべく修理の道具に機械を使用する事である。 其の他いろいろの方法があるが、何より大切の事は、懐中時計の機械に対する基礎知識をシッカリ持つ事であって、 技術に熟達する事が修理を早める第一の手段である。

79. 掃除器によるヒゲ全舞の絡まる破損

[問]私は率先して懐中時計の掃除機を利用して、その能率的の作業に驚異を感じてゐるのですが、 此処に一つの煩はしい事が時々起るのです。それは、懐中時計のヘヤー・スプリング(ヒゲゼンマイ)を天府輪から 取去る時にからまって破損することが多いですが、これが処置及良法を御尋ねします。

[答] 懐中時計掃除機を使用する場合、ヘヤー・スプリングが機械の振動の為めにバランス(平衡器)の歯車が金網に引掛かって 此処に御尋ねの如きヘヤー・スプリングが絡まるので破損するのである。これは要するにヘヤー・スプリングが振動の為めに 金網の目に引掛かったり、バランスの速度加減、スプリングが同じく金網に引掛かる為めにスプリングがコンガラガリを来すのです。
これを防ぐ方法としては予めスプリングをバランスから取外し、特別に単独で洗濯するとよい。 また、既にコンガラガッたものをバランスから取去る良法としては、左手の親指と人差し指でバランスをはさみ、 右手にピンセットを持って仕事をするとよく取れるものです。

80. ショックの破損防止の方法

[問]最近の支那事変で懐中時計及び腕時計がショックのために直ぐ破損するとのことを聞きましたが、 これに対する防止装置はないでせうか。

[答] ショックに依る破損の程度はいろいろ時計によって異なってゐるが、大体固い○や石の上に二、三尺上から落す程度で 普通のものは○○が曲がって狂ふのである。 これに対する防止としては、ハフィス(スイスの時計メーカーです)の如き所謂不損時計と称するものがある。 この構造を精細に申上げる事は出来ないが、要は外側よりの折○を車軸及び車輪に及ぼさぬやうに二重のスプリング安全装置が してあるからです。 例えば強い打○を与へてもケースの内側にスプリングがあって防ぎ、又他の方法は車軸及び車輪がスプリングにて吊られてゐて 直接にこのショックが及ぼさぬやうに装置されてゐるのである。
ショックの緩和装置を附せればよいのです。
最後に附記して置きますが、之は自然のショックによる故障、即ち文明の進化は交通機関の速度を加ふるにより初め 英国製懐中時計は一万四千二百の打数(一時間)であったものが、一万八千となり又、飛行機用は二万七千の打脈数にしたといふのも その速力物のショックの速度よりも天府の動く速力が速くなればそのショックの為めに時計の機能は停止する現象を来すもので ある事を記憶すべきである。

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