51. 香箱の種類とゼンマイの力
[問]モーター、香箱と運行香箱との区別を問ふ。又これがメーンスプリングに及ぼす力が如何なる相違を来すかを知りたし
[答] 運行ゼンマイ箱と言ふのは其の箱の四圍に歯を持ってゐて歯輪を運行するものを指す。 (普通採用されてゐる型のもの)尚ほコロノメーターの如き高級品に鎖引き(ヒュージ)もあり又安全香箱(セフティバアレル)もある。 此の普通型のものと安全香箱とはゼンマイの力に於いて何等の差はない。又安全香箱はゼンマイの切れた場合その反動が運行の車に 感ぜず、故に二番車輪三番真等の破損の恐れがないのである。 只だ鎖引きはゼンマイの捲締めた時と、ホゴれた時との力を平均する為めの装置であって一番車の大小並に歯数の関係でゼンマイの 力を強弱何れにもなるものである。
52. 二重カナの歯車真の修正
[問]私は米国エルヂン及イリノイスの懐中時計の十二型のごく薄いのを持っている。 この時計の二重カナの歯車によく合ふやうに幹を真っ直ぐにしたいと思ひますが、これを如何にせばよいでせうか。 二つとも中央の位置の処で最も曲がっているのです。この時計は技術見習者がこれを手で押し込む時にこの位置で曲げたのでは あるまいか。
[答] 現品を拝見しない中は確たる事は申上げ難いのですが、貴方の御説の通り二番歯車を除去してからこれを検査する方法を 第一とするのです。そうしてこの運動が正しく側面の圧力なくして上方に引張るやうに造らなければならないのです。 若し貴方の御説のやうに中央の位置に於てまがっゐるならば、貴方のやうに歯車を取去る場合にも曲がる事があるのです。 これはなかなかに簡単の方法では出来ないのです。 普通の処理方法として旋盤チャックでこれを掴み、さうしてこの歯車を正則のかたちに直すとよいのです。 機械の中に入れた侭でこの中心の曲がりを直す為に力を加へる事は不可能である。 之は多分箱真の事だと思ひますが、斯様な事はメッタに起らぬ事です。
53. 捻子頭の着色法に就いて
[問]懐中時計の機械中のネジ頭の着色法を如何にすべきか---
懐中時計のネジ頭を磨いてサビを落とした場合に、その跡が白茶けて以前の空青色(ブリュー)を退色してゐる場合がある。
これを他の濃青色と等しくせしめるには如何にせばよいか?私は銅製ピンセットでネジ頭を保持してアルコール・ランプの焔の上で
焼き入れするが、規則的に行かず又元通りの色ともならないのは如何なる訳か御尋ね致します。
[答] 貴方のおっしゃりになった方法では余りよく行かないと思います。 即ち貴方はネジ頭を良く磨いた後に不注意にも鋼鉄の表面を清潔にするのを忘れられ、且つ指跡等の油脂が付いている為に、 アルコール・ランプの焔に当たる所にムラが生じたと思います。 又、メチル・アルコールを使用すると焔に不純物があるので之れまた焼き入れにムラが生ずる。 最も良法は研磨後にグレーン・アルコールの中につけて、それからランプの焔の上に真鍮板を置き其の上にネジを横たへ焼入れを なすとよい。これは直接焔に当てるより効果的である。
54. 逆転防止機の検査方法
[問]修繕をなしたる懐中時計の逆転防止機を組立て後に欠点がないか否やを検査するには如何にせばよいか
[答] 懐中時計の逆転防止をなすに完全手あるや否やは、要するにキチ車輪が逆行することを防止する装置を指すもので 至極簡単であるから組立てに先立ちキチ歯を木片で通しこれを前後に運動せしめて逆転防止機(歯車止) がキチ歯輪の歯によく合ふこと、これが逆行を防止するに何の障害もないか否やを調べてみる必要がある。 歯車止が不良といふ場合の九割は歯車を下に圧すバネの弱過ぎる場合であるが、又キチ歯輪の歯か歯車止の 何れかの歯が磨滅してゐるのに基因するものだ。
55. 掃除後の歯車に曇りが出る訳
[問]最近いろいろの方法で懐中時計の掃除法を研究したのです。即ち古い方法の青酸法(塩代青酸法※)、 石鹸水、アルコール、鋸屑を使用する旧方式を廃して、最近には出来合のガソリン液に浸し、それから四塩化炭素 の中に入れてからこれを熱で乾かすといふ方法をとったが、その結果は掃除後非常に美しくピカピカ輝いてゐ るが間もなく曇りを生ずるのですがこの解決法を知りたいのです。
[答] 勿論掃除した当時のやうな光沢やがて曇るのは自然の方法であって仕方がない。 況んや貴方が出来合の薬品を使用して曇りを出すのは仕方のない事である。 長い経験でやってゐる方法を旧式と一言の下に軽蔑する事はよくないと思ひます。
【※補足】上記の質問文について以下の意見をいただきました。原本のミスと思われます。
「塩代青酸」は「青酸塩」の誤りと考えられます。 金属の表面処理について記述した本にも、青酸カリの使用が出ていますが、混ぜ物ではなく単独の水溶液で使用するようです。
56. ベンジン油の痕跡の除去方法
[問]蔆渫溶解液---
私は掛時計の掃除方法としてこれ迄推賞されてゐる蔆渫溶解液に機械を浸し、歯車や機械の中に含んでゐる油脂を除去するには
何が良いか知りたいのである。
私はこの液としてベンジン油を屡々使用してゐるがベンジンの蒸発した後に板や歯車の上に白い錆を残すのであるが、
この防止法と白い錆は如何なる害毒を与へるかの説明を乞ふ。
[答]
現在の時計類の油脂を離脱するにベンジン油を使用することは最も良法としてある。
貴方が若し板や歯車の上に白い錆を発見されたとし更に良く注意されるとキット同じ現象が車軸の穴や又は他の重要な鉄の部分にも
この液の痕跡を発見するであらう。
ベンジンの痕跡は油を稀薄にして、且つこの分解を早めるので大切の油の円滑性を減ずる。古い油脂を除去するベンジンが油脂を
落すかこれが残存していると新しい油を分解して仕舞ふ。
だからベンジンで油脂を落した後は、尚軸の穴等には木片でよく掃除する必要がある。
(註)普通の本磨きの器械は何等の変化はないが、よく真鍮の磨き面の色を永く保持する為に薄い白ニスを塗った物はベンジンの
溶解力が強い為め、そのニスを分解するからその現象を呈す。故に大物器械を洗ふには却って度の弱い揮発油の方が良い、
または懐中時計に使用した古い弱くなったものを使用してブラシでよく洗ふと充分古いよごれを取去る事ができます。
57. 受石及ホゾ石の選択と方法
[問]懐中時計の受石及ホゾ石の選択は如何にすべきか、又これが事前工作を問ふ。
[答]
事前工作と称せられるのは恐らく受石嵌込みの事前の操作と思はれます。
右受石の除去に際しては嵌込みをよく聞き、受石嵌込み部に損傷を与へることを防止し、
又最も注意すべきは凹みを潰すことのないやうにする事だ。
この方法は充分に熟練を要するものである。次に宝石の選択は次のやうにせよ。
(一)なるべく硬度の高いもので、嵌込み部の凹面によく隙間もなく押さずに直ぐと入る石を選ぶ事
(二)若しも内側に嵌められる車仕掛け(噛合せ)の石ならば適当の厚さを有すること
(三)穴が完全に磨かれ直径に正確な試験をなし車軸が石によくはまって摩擦を防ぐやうな注意をなすことが大切だ。
58. バランス部分の磨き付け
[問]私は時々に懐中時計の掃除をする時にテンプの縁の頂上を除く他は皆んな美しく出来るのです。これ はバランスの曲った部分がうまく行かない事が多いのですが、その磨き方を如何にせばよいか御教示ください。
[答] 懐中時計のテンプの頂上を急速に磨くには、これまでのやうに普通操作や自動掃除機を操作した後に普通の鹿の柔皮のバフで 磨く代わりに磨粉をつけて磨くとよいが、この場合にはバランスをコルクの一片の中央に穴を開けバランスの槓がこの穴に 入るやうになしてバランスの頂上で完全に平らになるやうになし幹の下の端がコルクに当り、 このコルクをペンチで挟みしっかりと押さへて置く必要がある。 そうして下の部分を磨く場合は前と反対になせばよいのです。 コルクで支へるのは磨く時にバランスの頂上が曲がるのを防ぐ為である。 尚磨用バフは、バランスの左の縁で螺條の部分に当てるとよい。 そうして普通の時計用ブラシで磨くと充分立派になるので、特にバランス、ネジの間の部分をよく磨かねばならぬ。 この質問は初心者の故か余り貧弱ですが要するにテンプは如何にして磨けば曲がらずによく磨き得るかとの事ですから 答えも右の通りで結構ですが、この場合只だ注意して静かに隅々まで刷毛が当る様にして磨くのです。 此のテンプ磨用に出来た工具を私は持って居ります。 それは米国エンチン用で十ラインから十八サイズまでのテンプが各々シックリ嵌込んで磨き得る様に出来て居ります。
59. 時動の緩急とテンプの調節
[問]懐中時計の時動上に於いて時動の波打を遅らせるためにテンプのネジを下げる事は決して時間の進行 を妨害する事はないのでせうか、もし出来るならばウートスクリーマーに対する明確の知識を得たいと思ひます。
[答] 懐中時計のテンプに対する時動の脈動に適用するやうに対立のネジの一対は平衡機の腕にはめ込まれてゐるのだ。 特にこれの必要は○位制平衡機において一層これを認めるのだ。 単位制又は未切断の平衡機の場合に対立ネジの如何なる対ネジも時間を遅らせることが出来る。 重量ネジに対する貴方の問合せは多分時間ネジ(テンプの外側にある調節ピン)のことと推定する。 沢山のバランスは時間ネジを用意されてゐる。 普通は一対であるが、いろいろの場合には二対のこともあるのである。 これには平衡機の運行速度も調節するのであるから予め何処と定めるわけにはゆかんのである。 これによって時間の廻転を加減することが出来る。 こんなネジの重さで加減する方が簡単で且つ有利である。 この平衡機の直径の有効率も増加するとせばネジを多く外部へ出せばよいし又遅らせる場合はこれと反対である。 もしこんな場合に対立ネジを同一の重さでなくおよび差込みの深浅が異なってゐるとバランスの振動が不調を来すのである。 波打は時間ネジの位置の関係ではないのである。
60. テンプ真磨滅の故障
[問]廻転する枢軸---懐中時計のバランス(テンプ)の枢軸の端が廻転してゐるのは懐中時計の時の運行上に 常時同じ割合の効果を示すものでせうか? 私が見る処に依ると或る時は進み、或る時は遅れるやうに見えるが、これは要するに余り廻転が多すぎるのではあるまいか、 またこの枢軸の直径が縮小した事から起るのではないでせうか。この点をお聞かせください。
[答]
如何なる場合にも枢軸が廻転し過ぎるといふやうな事は考へられない。
又枢軸の直径が縮小したなどといふ事もないと思ひます。
若しこの枢軸の廻転が極軽微の度合でも減少したとすると時間の廻転に於ては大変の差異を来すのである。
丸形枢軸の側の部分の働きは、この部分は宝石穴と接触を来すのである。廻転に依ってその長さの減少は吉知されないのである。
この枢軸の丈又部の外観は、僅少の湾曲の「弓形」のやうな枢軸の端を見せて廻転してゐるのだ。又平円型ではないのだ。
多分貴方のは丸形枢軸は前述のやうなものであると思はれます。
この宝石穴の上にある枢軸の直径から出る真の減少は時間に誤算を来すか又不規則となるのである。
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