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時計技術の相互研究

61. 時計の遅れを調べる方法

[問]懐中時計の掃除をなして後に暫く(約一ヶ月位)すると運行が遅れ勝ちとなり時間が不正確であるのですから 更に分解して調べて見たが何処も悪い部分がないのですから又組て使用すると同じやうな結果を来すのですが 原因は何処にあるのでせうか。 特に申上げたい事は使用時間の短いのに比べてグリース(油脂)が多いのです。

[答] 懐中時計の送れる原因をハッキリ究める事は実物を見ない事には確言は申上げ悪いのですが組立てられたら 例の八方調べ(上、下、横、縦等)に依って時計方位置きに依る狂ひがない事を確めてから再掃除に当るべきです。 貴方の御説明を以って判断すると、他に時間を遅らせる原因(主として機械的)がないとせば、 恐らくは悪質(不純物及遊離酸を含むもの)のもの程早く凝固するから機械の運行を妨げる事が多いのです。 季節の油の関係もよく考慮せらるべきです。

62. テンプ調整の単式と複式

[問]欧州の時計検査所の論争点として懐中時計のテンプ輪の「整調」に対する記述を見ると、 これは単一式(モメタリック)のテンプ輪のやうに米国の懐中時計製造所で造られたエレバンヒゲゼンマイと共に使用されてゐる物と 同様の物ではないでせうか。

[答] お尋ねの単一式テンプ輪と云ふのは純粋の単一の金属のみで作られたものを指すのであって、 真鍮の性質を有する金属のみを合金したもの、即ち非鉄鋼金属で出来てゐるものを云ふのである。 整調テンプ輪と称するものは異なった性質の二つの金属即ち真鍮と鉄との合金で出来たテンプ輪を指すのである。 此の鉄鋼の代りにニッケル鉄合金も内部の縁に組合せてもよい。 バランスの外部の縁の部分に真鍮を使用する真鍮及炭素鋼鉄(普通坩堝か道具用鉄鋼)の補正バランス用としては 炭素鋼のヘヤースプリングを使用する。 異なった二つの性質を有する金属を以って造ることは、天候による変化に適応する為めである。 気温の影響を平均して延縮を支へる為めである。 最高及び最低気温の変化を調節する為めだから暑い時にも延びず、寒い時にも縮まぬものが理想的だ。 混合バランスでは炭素鋼ヒゲゼンマイを使用するが又単一式バランスでは真鍮と鉄との合金ヘヤースプリング(ヒゲゼンマイ)を 使用しないから単一の金属を使用する。 要するに何れも気温の変化の影響をなるべく少なくする為めに伸縮のない金属を選ぶのである。 何れが優れてゐるかは未だ確定はせぬが真鍮と鉄との組合せの方が理論上よいやうである。

63. プレゲーと緩急針の関係

[問]懐中時計のプレゲー(捲上げヒゲ)と緩急針との関係の説明を乞ふ。

[答] 御問合せのプレゲとは時計の原動たるゼンマイより一定の力を規則正しくエスケープに伝える為に左右に反動回転するやうに 出来てゐるテンプのゼンマイである。 此の回転の割合を調節するのが即ち緩急針であるから、プレゲと緩急針は不可分の関係に立つものである。緩急針をF(速)の方にやると回転は速くなり、反対 にS(遅)の方にやると回転が遅くなるので時間の調節が甘く取れるのだ。 然し正確のクロノメーターの如き時計になると緩急は無く、調節はテンプ輪の特別のネジを付して調節を行ってゐる。 即ちネジを一方にやればテンプ輪の振動の範囲が増加し他方にやれば減少するのである。 緩急計はこれに依って明示されたやうに単なるテンプのプレゲの運動の為めに設けたものであって、単に巻上げのみでなく 平ヒゲにも同様の効果を得るものである。

64. 掛時計ゼンマイの捲切った時

[問]掛時計のゼンマイを全部巻き切った時に時々止まるがこの訳を御教示に預りたし。

[答] このネヂを巻き上げた時に止まる掛時計はなかなか多いものだ。 この場合の原因の多くは、この不完全のメーンスプリングが所謂「動かざるスプリング」(ゼンマイ)の条件に逢着したからである。 これはスプリングの生命が失はれたかまたは不完全であるかに基因する。 またガンミ(ゴム性)油がメーンスプリングのコイル(渦巻)の間に堆積し悪い状態を呈してゐるが、たまたま手で捻る時に他に 付着して動かないやうになるものである。 この付着は掛時計を製造するに当って槽軸の上にストップウォーク(止制働)を源のところに置くことを失念したか 又は不正の制働作用を仕掛けたかに基因する。 このいろいろの悪い点が単独に一つである場合もあるし、またいろいろと組合はせて起る場合もある。 そのおびただしき事柄がみんな此の停止を起す可能性を持ってゐるのである。

65. ゼンマイの引掛の修理

[問]懐中時計のゼンマイの鉤(引掛け)の外れたのやゼンマイの切断したのを接続する方法を問ふ。

[答] ゼンマイの接続は十八項ですでに述べてはあるが、引掛け破損だけの事であれば訳のない事である。 しかし、中の方の引掛けならばヤットコで引出して置いて五分位尖端を充分に自然と弱くナマシてゼンマイ抜き(工具)で穴をあけ、 その穴をキレイに直して巻癖を付ければよいので、又外の方の引掛けなれば前述の要領でナマして穴をあける事、 之はウオルサムの如きもの、普通の瑞西製はアルコールランプの上で熱しながら折曲げて引掛けを作ればいのだが 現時は材料部品の間に合わせが案外簡単に出来るので新規に取り替へた方が宜しい。 然し現今の新しきゼンマイでも外の引掛けを必ず直して使用すべきで、そのまま使用しては折角機械を組立てた上で 香箱の引掛け止めをスベリ又は分解しなければならぬ。 之等の理由は説明するまでもない事です。

66. 香箱と三番車の接触の欠陥

[問]懐中時計の香箱と三番歯車との接触する場合は如何にせばよろしきや。

[答] 懐中時計の香箱と第三番歯車とは直接には連結してゐるのではなく、この両者の間に第二番歯車が介在してゐるが、 その地位は香箱と第三番歯車が近く、その上に第二歯車があるのですから、香箱、二番車、三番車、 何れも水平を要する事、又何れにもガタ付きがあってはならぬことですから、小木片を使用してその尖端で 車の運行をまわしてクリ具合を調べて接触してゐる箇所に修理を如へればよい。 この場合、歯車の水平とネジの締め具合を正しくすると大抵の場合は接触は解消するものだ。

67. 時計解体上の初学者への注意

[問]時計を解体して拭掃するに、まだ初学者であるためか「スクリュウ」(ネジ)等が混合して困るが、 何か適當の方法はないか御教示下さいまし。

[答] 熟練すると如何に混ぜても少しの面倒もなく再びこれを組立てる事が出来るものだが、初めの中はなかなか これが混同して見分けるに困難を来す事が多いものだ。
そこでこれを防ぐ方法として一、二のボールドを用意して置くのであるが、このボールドは懐中時計の大体の形を取って これにボールドネジのある箇々に丸い穴を開け、これに「コック」(栓)「バースクリュー」等の細々したものを差して、 他の機械を「ベンジン液」に浸してゐる間にこの板の上で保管してゐるのである。 又此の外に浅い丸いものや楕円形のものを造って置いて洗濯の前や後にこれを置くときっと混雑を防ぐ事が出来る。 この板を溝部板といふのである。 この溝の上にトップストーンやボットムストーン(上受石、下受石)その他いろいろの部分を置くのである。 今までの時計機械の寸法では径が6"×4"×1位の大きさのものが多いから、この寸法の径ものを造って置くと 大変便利を得るのである。 特に初めの中は先づ解体と同時に紙にその時計の番号や取外しの順序等を一々書いておくと大変に便利なものだ。

68. 機械による時計の掃除法

[問]私はクリーニング・マシン(自動掃除機械)を使用してゐるが、細かい部分即ちペキ・ウッド(小木片) を使用して磨かなければならない場合には自機による掃除は余りよく落ちないですが、特に受石や、ヘヤ・スプリングの 穴等には自動掃除機では油粕がよく落ちないのです。何か自動掃除機の取扱ひに手落ちがあるのでせうか。

[答] 懐中時計の微細の部分は自動掃除機のバスケットでは余りよく油脂は落ちないといふのは、要するにバスケットの中に入って来る 溶液の回転が不完全であって細部へ行き渡らず不鮮穴となって油の汚れが落ちないので運転の不円滑が起るのだと思ひます。 手で掃除するとよく出来るのは当たり前であって丁度手縫ひの洋服と機械縫ひの洋服との異ひの如きものである。 大体自動掃除機ではよくよく掻き廻すやうにして且つ溶液が交流するやうになれば油汚れもよく落ちるものと思ひます。 もしもよく落ちない場合には更にその部分を小木片にてよく磨くとよいと存じます。

69. 掃除の原則と酸化防止の手段

[問]懐中時計を掃除した後に油を塗ってゐるに拘らず、この油を腐食さすのは如何なる種類の酸であるか、 又この酸は如何にして懐中時計を破損せしむるや?この点に関し回答を乞ふ。

[答] 如何なる懐中時計を処理法に依って掃除をなすとも、もっとも大切の事はこれが処理取扱に聊かの手落ちもないかを 確かめる事である。如何なる掃除方に依るも、全部の部分を処理し各々の痕跡を少しもないやうに 注意を以ってガソリン(揮発油)で洗ひ清め、そうしてよい油を引くのが酸を発生せしめない原因である。 又油の変質は有害酸を生じ、いかなる酸も金属部には有害であるから、個々の場合に亘ってこの説明はなし得ないのである。
米国時計学協会が一九三一年に○府で例年会を開いた時に次の如き掃除上の事が決議されてあるので参考に記す。
「懐中時計の掃除法としては、いろいろの疑問の事もあるから、一定の掃除法を採用する事は不可である。 然し如何なる掃除上の処理をなすにも懐中時計の部分を完全に取調べ、これを分解して清潔になして後に総ての軸穴を木片で 綺麗に為した上に良い油を引く事は時計技術者に対して資格を与へる試験委員の一致した意見である。 懐中時計の掃除法の如何なる方法を行ふにも、キハツ油でよくすすぎ清め酸化を防ぐために乾燥をよくした上に油を引くのは 常識である。」

70. 鉄道用の懐中時計掃除

[問]私は鉄道用懐中時計の掃除の際に機械の部分から宝石を取外さないでやる。 然しその外の事は普通の旧式の方法と同じ事をやってゐる。 この場合に宝石の穴に溶液が残るためか新しい油を注入してもこれと混合して円滑の摩擦を妨げるやうに思はれるが如何。

[答] 貴方の述べられた処によると疑いもなく懐中時計の掃除の場合に受石を取外さないでやる怠慢を責めねばならぬ。 従って掃除上に欠陥がある場合は貴方の手落ちと称すべきである。 掃除に当って軸の滑りをなくするには一点の汚点を残しても悪いといはれ、これが充分に綺麗になってから初めて新しい油を 注入する。 この場合に古い油が残ってゐてすら悪いのだから、溶液が残存してゐては最も悪い結果を生ずるのである。 貴方の方法によっては古い汚れた油脂をよく取去らんのみか、この運転部にある塵なども取去る事が出来ぬ。 これに化学的の掃除溶液がこの部分に残ってゐるから、掃除しないよりも、もっと機械を汚すのである。 どんな成功した掃除法でも総ての部分から汚れや油粕を除き金屑や宝石の本来の表面を現出するやうな綺麗さまでに しなければならぬ。 その上に新しい油を注入しなければならぬ。 それほどよく掃除せねば長い間の運転の良好さを継続保証し得ないのである。

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