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時計技術の相互研究

時計修理技術者の殆どが「何処も何ともないが止まる」とか「何処か悪いのか判らない」等の 故障にぶつかる事があると思ひます。この場合はお互いに困った問題になりますので本稿は特に其の場合 に処する簡易な発見法について説明し、然る後に加へる正統なる修理法と相○って完全なる修理完成の 一助と致したいと思うままに記述する次第です。

1. 故障検査の順位

御客が「この時計が止まるから見てくれ」と持ってきたら先づ第一に何処を見るべきか。 これがちょうど医者が患者診断に際して其の脈を診ると同じく之が修理上の初歩であり 且つ根本でもあるのと同様に時計修理にも其の法則があります。
ゼンマイが切れたとかテンプが折れたとかの歴然たる故障を除いては先づ初歩の第一歩として硝子縁を取り 「ケン」の正統なるか否かを見るべきであります。 この場合は極く腰の弱い尖の細長いヒゲ箸にて極く軽く短剣にキシミが有るかないかをしらべる事が肝心と思ひます。
短剣及び長剣、セコンド等に何等支障無きを確かめて然る後に静かに裏蓋を開けて初めて医者の内診と同様 最も慎重にエスケープの部分に取り掛かるべきです。
裏蓋を開けた瞬間、若しテンプが軽く左右に振っていた場合(雁木車が運行せずに)其れは明らかにエスケープ 以外の故障と見なして間違ひないのです。之は「ザラ」の故障と言って香箱車より雁木車までの故障です。
さて「ザラ」の故障と判ったら其の故障箇所の発見に取り掛からねばなりません。
前記腰の弱い「ヒゲ箸」或いはセコンドエグリの様な極く細いもので先づ雁木車に当たって見るべきであります。 其の場合、雁木車が遊んでいる時は三、四番車間の故障と見るわけです。つまり、雁木に故障が無いと見て宜しいのです。 更に四番に前の雁木車同様ゼンマイの力が来ていない場合は三番車、二番車の故障と見ます。 三番車にも同様の「探り」法をして矢張り二番車に力が来ていない時は其れは二番車及び日の裏車又は一番車(香箱) に故障があると見てよいのです。
以上にて「ザラ」としての故障は判明したので「車」と「カナ」の間に何かゴミでも引っかかっているか、 或いは穴石の破損に依って「ホゾ」のキシミに依るか否かが自ら判明する事でせう。 其の他は要部の各修理法を以って完全なる修理を待つ事となります。

2. 検査第二の心得  エスケープの部分

先づ第一に探りヒゲ箸で極く静かに軽くテンプを左右に廻して見る事です。 其の時若し雁木車が運行したらば其れは確実にエスケープの故障と見て差し支へないので何処が悪いかを見るべき段取りとなります。
時計を手に持ってテンプを降って見ます。其の時テンプが異常な「フレ」のある時はテンプの曲がりを見るべきでせう。 ブラブラにテンプが浮き上がっている時はテンプの折損或いは穴石、受石の破損と見るべきです。 之はテンプが固定した様に動かない時も前記「テンプ曲がり」又は穴石・受石等の破損と見て良いと思ひます。

3. アンクルの具合見

之は目盛りのない物尺で物を計る様なもので、時計製造の場合は別として事修理となれば誠に表現し難い六つかしさ (難しさ?)であり其の処方は多年の経験を何よりも第一とする外はないのであります。
つまり、「アンクル」の爪が深いとか浅いとかの問題は其の時計一個の問題にして、判り易く言へば其の時計にちょうど ヨイ処がちょうどヨイので実際上の修理となれば別段に規格があってもないと同様のものです。
これについては、七・八年前当時米国時計学校を卒業された某氏が時計学の講義をした、そして曰く、「雁木とアンクルの 角度は何十度でなければならん」とか、曰く、「切テンプの場合の温度の差違は何度までは理想である」とかに要約して ありましたが之は製造の場合の工程上の理論ならば誠に結構てせうが手工を以って修理技術に科学的理想を摘め込まんと しても実際上には応用不可能になる。ヨシ其の理想を取り入れるにしても其の理想的な精度は何を以って計るでせうか。 お互ひは恐らく其れを計るべき何物をも持ち合わせはない事と思ひます。
つまり「アンクル具合」に対する処方は私共多年心血を注いで実際の体験から割り出し得た貴い経験以外に現実には其の他 の良法がないのであります。故に言ひ換へれば時計は理屈ばかりでは修理し得ないといふ事が言ひ得るのであります・・・
一例を申して見ればウオルサムの同型の時計二個を同時に分解して部品全部を一緒に混ぜ合はせて均一個の正確なる時計を組立 てやうと思っても其れは到底不可能の問題にして、例へ同会社の同型の然もウオルサムの如き正確無比の時計にしても望み 得ない事だといふことに於いても判る様に時計其のものは元来規格による一個一個に其の個性があるもので其処に前記の様な アンクルと雁木の角度は何度にも確定出来ない問題であり、○して前述の如く其の時計に「ちょうどよい処がよい」訳となる のであります。○が暴論の様であり平凡の様ではあるが、其処に表現の出来難い神秘的な技術の奥妙が存在するのです。 故に先づ如何なる時計にても「完全に直るものなり」の精神上の滋養が時計修理に際しては第一義であり、其の自信を以って 事に当たるべきが時計修理に対する肝心な事であります。
大分話外れましてすみませんが、其れだけ面倒である事を知って頂き度いのが主意であります。左様な訳で一概に故障の発見法 を言ひ表す事は出来ませんが故障よりの結果として大体左記(下記)の事を書き表はす事が出来ると思ひます。
「アンクル」の故障に依って「止まる」場合、テンプは時計そのものが「時々止まる」とか或いは止まったやら見やうと思って蓋を開 けると動き出したとかでアンクルの故障を表現するもので、この場合大抵は「爪石」浅きに依る場合が多いのであります。
外に振座との関係だとか「桑形」の具合とか種々の故障はありますがその点は個々の修理法に依って明解に解決が出来る事と思ひます。
大体前記の事で猶且つ故障の不明なる時は左記(下記)の方法にて総体的に診察して見るべきです。
先づ、「テンプ」「アンクル」を外して「ザラ」だけで極く少し「ゼンマイ」を巻いてザラを検べる事です。そのゼンマイを 巻く時、角穴巻車の「一歯」づつ静かに巻いて見る事です。香箱を一回転するまで一歯づつ巻いて、その間平均に各車が廻転すれ ば若し三歯、四歯と巻いてから一時にザーと廻転する事があればそれは「ザラ」そのもののどこかに故障のある証拠だから各車の 「ホゾ」及び穴石又は歯先喰合等に十分の検査が必要な訳です。若し前記各車が平均に軽く廻転する時は「ザラ」は無故障と見て 今度はエスケープの検査に取り掛らねばなりません。

4. エスケープの検査

先づ「テンプ」より「ヒゲ」を取り外しアンクルを取り付けないで次いで機械にテンプを取り付け十分「ネジ」で締め付けてから 前記ザラを廻した様に今度は少し強くゼンマイを巻いてみます。(この時は機械台の上に水平に乗せて)車の廻る空気の反動で テンプが軽く回転すればそれ「下ホゾ」又は下穴石下受石等に故障がないと見ていい訳です。 次に正反対にして同様ゼンマイを巻いて見ます。其の時に、矢張り「テンプ」が廻転すれば其れも又「上ホゾ」及び上穴石上受石 に故障のない状態です。同様に「立てて」今度は「ゼンマイ」を巻いて見ます。其の時に同結果を得れば其れで天真及びテンプの 片重り等に故障のない証拠となります。然し「立てた場合」ヨク廻転しない事がありますが、それは「ホゾ」の正確でない事か テンプ輪に片重りのある証拠ですからこの場合は充分に注意すべきだと思ひます。
大体この様な順序に依って早期故障発見に努める事が時計修理の初歩であり根本であって然る後正当なる要部の修理法と相成って 完全なる修理が出来る訳ですから、万一時計の再生の為にお客様が持ってきた時計をイキナリ「ゼンマイ」を乱暴に巻いて見るなど の事をしないで前記の様な故障発見法を予め心して検査に取り掛かり客に再直し等煩はす事のない様せねばならぬ。

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