6. 結語
将来を予測するには、世界市場の現状から出発しなければなるまい。 スイス時計産業は2年来新たに上昇期を迎えているが、これに対し米国市場の停滞と不安定及び南米における一部の混沌とした状態が幾分のブレーキとなっている。 生産面においてはこの2,3年来生産力の拡張が行われてきたが、注文の増加に追いつけず、そのため在庫が減少した。
近い将来については有利な情勢が期待できるにしても、遠い将来には影がさしつつあるといえる状況である。 スイス国内においては、国際的な競争が次第に激化するにしても、後進国や共産諸国の何百万の人達の生活が次第に向上し、 時計への要求も増して来ることを考えるならば、時計業界全体にはなお潜在的な無限な可能性が存在するとの意見が有力である。 現在世界全体の時計の総取引数は、1億個であるが、これが2倍の2億になるのはそれほど遠くないと見られている。
目下スイスに対する直接的で重大な脅威はEEC市場からの締め出しであるが、これはEECへの連合によってのみ克服し得るように思える。 直接的ではないが、ソ連の脅威も現れており、恐らくはやがて同上して来るであろう中共も然りである。 その時計生産が、自己の領域(コメコン及び共産圏アジア)に予測しがたい可能性を抱いているという簡単な理由からである。 スカンジナヴィアやイギリス等のヨーロッパ諸国に対するソ連時計の投げ売り的輸出は、たとえそれが市場を攪乱し得るとしても、初めは大した役割は演じまい。 これらのEFTA諸国においては、関税の点でスイスがますます有利になっている。 日本の時計産業に対しスイスは現在では真正の敬意を抱いている。
また向こう数年のうちには早くも伝統を誇るスイスの時計産業にとって、電気時計や電子時計や原子時計が一つの脅威となるにちがいない。 この方面での国際間の競争は、建値の点においても、間近に迫っている。 この方面では各国とも、その技術や労働のポテンシャルから見ても、又世界市場における販売関係からみても、互いに五十歩百歩なので、 いわば同じ長さの槍を持って戦うことになる。
スイスの技術は、電子工学と原子力利用のあらゆる分野に大きな将来性を期待されている。 7万人の労働力を有する時計産業のお陰でスイスはこの分野での発展を初めから運命づけられているように見える。 時計産業における後退は、電子工学等の面への進出によって受け止められるのではないかと思える。
時計条例の改正に伴い目下スイス時計産業は激しい活動期にある。 産業構造においても今やエネルギッシュな改造が進行中であり、このことは保守的又は反動的勢力がこれに対し激しく抵抗していることからもよくわかる。 このような反動勢力が多少とも産業成長を遅らせることになるものかどうか簡単には判断できない。 分散した生産形態に基づくスイス時計産業の特殊な問題点を一度明らかにしてみなければならないだろう。 最近に至るまで Fournisseure 即ち部品供給者が、製造業者への供給を遅らせたり価格について文句を言ったり 要するに彼らは国際市場に対して直接的な関係がないものだから、市場の現状を正しく見ていないという苦情が絶えなかった。
最も憂慮すべき大きな問題は、銘のない時計及びロスコップ時計の製造業者である。 また独自の時計製品を持たない国が新たに生産を始める時には、この種の廉価品から始めるものだからである。 たとえば現在インドで国内時計工業が計画されているが、このことは長年に亙る主要供給国であるスイスが大きな痛手を被ることを意味する。 従って、スイスは銘付き時計の製造のみを目標とすべきだ。という Sidney de Coulon の主張が正当性を帯びてくるであろう。 生産合理化のために型を少なくしようとする努力も、この方向に沿って進んでいる。 スイス製の大型銘付き時計に対しては、まだ威力のある競争相手は出ていない。
時計条例及び私法的な「協定」は、スイス時計産業が国際間の協力に対し従来よりは用意をととのえていることを示している。 差し当たりスイスは、なお要心深くではあるが、隣接諸国との協力を始めている。 またスイスは明らかに米国の世論を好転せしめようと努力している。 一方米国も日本においてと同様スイスにも支店を設けている。
ヨーロッパ諸国もまた次第に日本と協調しようとしているように見受けられる。 協調はまず伝統的に繊維から、ついで写真、工学、電子工学へと進んでいる。 時計産業がなぜこのような発展と歩調を揃えないのか不可解である。 両方の相手が互を同格と見なし、両方で疲弊し尽くすまで競争し合うよりは互に協調したほうがよいと考えるようになれば、時が熟するのであろうが、 まだそこまでは行っていない。
一般的に見ても、又時計産業に限ってみても、日本の粗悪品ダンピングに対するにくしみは次第に消えつつある。
スイス製時計は明らかに世界市場におけるその独占的地位を失った。 世界貿易中に占める割合は総体的には後退しているが、絶対的にはなお向上する力がある。 これとともにスイス時計産業の潜在勢力は、電子工学と原子工学の分野に侵入しつつある。 時計製作器械の製造者は、既に現在原子力研究所に納入しているし、測定器械工業は時計産業から新しい援軍を得ている。
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