21. 全舞(ゼンマイ)
全舞の切れたのは、繋ぎ合わせて使用することも出来るが、時間の正確を期する為には、新品と取替えなければならない。 取替えに際しては、長さや幅、厚味等、全舞ゲージにて測り、総てが前のものと同一のものを使用する。 決して、元のより広いのを使ってはならない。 何となれば、広きものは、香箱と蓋とのユトリを無くして、全舞の力を失ふからである。 長さも長過ぎても短過ぎても共に力を減少するのである。 長さの適度に就いては、検査の章に於いて述べてあるから参照せられたい。 新しい全舞の外端は、香箱内の全舞引掛に引掛ける為に、長方形の穴を穿ってあるのと、曲げて引掛けを作ってあるのとがある。 穴の分は外れ易いから、其外端を外側に曲げて、引掛を作った方が宜しい。 此の曲げ方は後に述べる。折れたるものの修理と同一方法でやったら宜しい。 それから全舞の古くなったもので、殊に悪質のものは、其の弾力が非常に減少して居るのがあるから、こんなのは新品と取替える。
全舞が、香箱に引掛ける為、外端を曲げてある所より、折れることが往々ある。 こんなのは別に取替へなくとも、新たに其の外端を時計の大小に応じて、一分か二分位の長さに外端に折り曲げ、香箱引掛を作ったらいい。 此際は必ず全舞の曲げる所を四五分位出る様にして、ヤットコにて挟み、他の部分に熱が入らない様にして、 アルコールランプにて真赤に焼き、別のヤットコにて熱い中に、曲げて挟み付けるのである。 曲げる際、色が褪めたら又熱して、必ず赤い中にせなければならない。 それから、全舞の他の箇所に決して、熱を与えない様注意せなければならない。
全舞が切れたのを、取替えず繋いでくれと云ふ人があるから、繋ぎ方を説明して置く。 全舞を繋ぐには、決してロウ付をしてはならない。 之を繋ぐには二つに切れたる内側の方の切端に、長方形の穴を穿ち、外側の方の切端に両方より切込んで鈎を作り、 此の鈎を外方より、内方に向って長方形の穴に入れたら、其の両先端が内方に突出するから、之をヤットコにて挟み付け、 外端と並行する様にして置く。 此の穴と鈎との先端は、成可く短くして丸味を帯びる様仕上げる。 之等の作業は、全舞の其部分だけナマして置いて、取付万力に挟み鑢にて仕上げる。
22. 挺、刎
之の折れたのは新たに作るか、又は新品と取替える。 之は種々の形状のものを、大小取混ぜて、一包又は一瓶入としてあるから、之を備えて置けば便利であるが、 丁度適合したものがないことがあるから、其時はスチールを以て作らなければならない。
23. ネジ
ネジの破損せしものは、修理不可能である。之は一グロス入の分を備えて置けば、大抵間に合う。 若し適当なのが無い場合には、ネジ切器を備えて置いて切ったら宜しい。 ネジを切る際には、チョイチョイ油を入れてやらなければ、ネジ切器を破損する虞がある。
24. ホゾ穴
石が嵌まって居ないホゾ穴は、摩滅し易い。 殊に二番ホゾ穴が摺れ易い。之等は其軸真の力の加わる一方向にのみ摩滅するから、其摩滅したる方向より、 ホゾ穴の円周より少し大きい位の穴を有する先端の尖ったタガネを斜めに当て、金槌にて敲き寄するのである。 場合に依っては先端の円錐形に尖ったタガネを使用する。 若し摩滅の程度が甚だしく、此方法を施してもダメである様な場合には、ホゾ穴の周囲を穴を中心にして、円形に摩削し、 之と同じ厚さの板金を、円形にキッチリ嵌まる様に切って嵌め込み、尖ったタガネを接触面の周囲に当て、 金槌にて敲きカナクッて、次に中心にホゾ穴を開けるのであるが、併しこんなのは滅多に無い。 之をホゾ穴埋金法と云ひ、穴の内部は高度の磨きを施こさねばならない。 之を磨くには、ホゾ穴より少し小さい位の鋼棒に、ホゾ磨き用の諸種の磨粉を附し、之を穴に通して磨く。 レースを使用して磨くには、其の鋼棒をワイヤチャックに掴ませ、ホゾ穴に通して廻転せしむる。
出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)