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懐中時計の基礎知識

1. はじめに

本章に於いては、各部分品に就いて、順を追って説明することとする。

修理に就いては、其仕事に対し、最上の仕事をなすと云ふ考えを持って居なければならない。 決していい加減の仕事をして、金さえ取れればいいと云ふ様な考えで、仕事にあたってはならない。 修理は勿論、時間の遅速の修整等も、出来る限り正確に、手際よく、而して時日も成可く早く約束の期日内には、 是非共仕上げねばならないと云ふ、確固たる信念を以て、仕事にあたらなければならない。

昔は時計職人は、修理すべき総ての部分品を、自己の手に於いて製作して居たのであるが、現今は殆ど総ての部分品は、 手紙一本で取り寄せることが出来るから、単に取り付けや、調整さへ行っていればいいので、 直接自己の手に於いてなさねばならないことは、余程減少された訳で、一面より居へば、余程修理が楽になったと云ふことが出来るが、 併し又一面より云へば、反って難しくなったと謂ふことも出来るのである。 寧ろ難しくなったと云ふ方が、正当であるかも知れない。 何となれば昔時の時計は、殆ど総てが二十型内外の大型のもののみであったが、現今の腕時計は十型、九型、八型等最も多く、 より小さなる時計もあるのであって、小さなるが為に其部分品の取扱ひに、非常に困難を感ずるからである。 故に諸君は寸暇を惜しんで練習することを忘れてはならない。

2. 側の凸凹修理

側の凸凹を直すには、側の凸凹直し器(一名ヘラ台)と云って、其先端が球の一面の様になったものがあるから、 其球面を上に向けて、凸凹ある側を、之に被せる様にして乗せ、木槌を以て打敲き直すのであるが、 此の際側の両面には紙を当てて置く方が、疵が付き悪くてよろしい。
そして此の凸凹直しの球面と、木槌とには、決して疵や凸凹等があってはならないので、 丁度硝子面の様に滑らかでなければならないから、之等は木目の細かい、而して堅い所の木質で作らなければならない。 此の仕事は手荒くやったら、疵が付き易いから、除々にやる。 そして出来上がったら、真鍮磨・赤粉の順に之を磨き上げるのであるが、疵が余りガザ付く様であったら、 最初ホー炭で磨いてから、前の様にして磨き上げたら宜しい。

3. 側の締め方

蓋の嵌まり方が、緩くて直に外れる様であったら、蓋の内側の、胴に嵌まる所の箇所を、内方に向って二三ヶ所少し押し曲げるか、 又は胴の蓋の嵌まる所を二三ヶ所、ヤットコにて挟み、外方に少し曲げる。

4. 蝶番

蝶番が緩み過ぎるのは、其中に入って居る栓を、少し太いのと入れ替へたらよろしい。 此栓は一本になったのと二本になったのとがある。 二本になったのは両端より差し込んであるから、抜く時には刄タガネの様なもので、其先端を両端に向って敲き出す。 それから蓋は胴に対して直角、即ち九十度の角度に開く様になって居るから、より以上に暴力を以てコヂ開けたものは、 蝶番又は、其附近が曲がって蓋を嵌めても、キチット嵌まらず、其附近に隙間を生ずる。 こんなのは蝶番を外してから、反対に曲げ戻して直すのであるが、併し之は仲々元の様には直り悪い。

5. 硝子の合わせ方

硝子を嵌込むには、適当の大きさのものを撰び、其一方を嵌めたら、両拇指及爪をあて、 硝子縁に沿って両方に辷らし嵌込むのである。 若し適当の大きさのものが無い時には、成可く大きさの接近したる少し大きい位の硝子を撰び、之を摺り小さくして合わせる。 此の摺り方も熟練せなければ中々うまく行かない。真円に摺らなければ、少しでも楕円或は角に摺ったら、直に埃が入って駄目である。 硝子摺器と云って、足○で摺るのがあるから、之を用ふれば時間も早く、仕上げも手際よく出来る。 之がない場合には、ペーパー又は金剛砥にて摺る。 之は右手に硝子を持ち同一の速力にて廻しつつ同一の力を加えて摺るのであって、此の速力及力に不同を来たしたら、真円には摺れない。 硝子の周円の傾斜は、硝子に附してある傾斜よりも少しは急傾斜に摺っていい。 硝子の傾斜と同一傾斜に摺らうとすれば、多くの時間と労力を費やすのみならず、仕事が仕悪い。 而して厚硝子だったら、ドンドン摺ってよろしいが、薄山だったら静かに用心して摺らなければ、往々硝子を破損することがある。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)

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