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懐中時計の基礎知識

1. はじめに

掃除法も種々あるが、要するに、時計の仕事に限らず総ての仕事が然りで、殊に時計の仕事に於いては、 迅速、確実、簡単、緻密と云ふことが最も必要で、余り必要なき事に念を入れ過ぎ、時間を空費することは、 余り良いことではないから、最も簡単にして実用に適する一二の方法を講述する。

2. 揮発油又はベンジン油洗浄法

硝子洗皿、之は、印肉入用硝子蓋付皿、直径二寸五分内外のものを準備して置いて、之に分解する部分品を入れ、 揮発油又はベンジン油を部分品が被さる程度に入れるのである。 併し、側及び龍頭は別に磨くのであるから、此所で洗う必要はない。 ネジ類は錆びたり汚れたりして居ないのは、洗わなくても宜しい。

▲ 硝子洗皿

先ず第一番に、天府ヒゲ等を洗う。 天府押を仰向けて、天府が上にある様にして洗皿に入れ、押をヒゲ箸にて挟み支えて、右手に洗刷毛を持って、 静かにヒゲを縺らせない様に注意して、天真・タボ皿・タボ石・天府・ヒゲ・押・ホゾ穴・緩急針を洗い、 洗い終われば、確実にヒゲ箸にて押を挟んで、綺麗なる西洋白紙の上に置く。
次にアンクル各伝車の順に同じ要領にて洗う。 他は順序なく、どの部分品からでもいい。 要するに破損し易い様なものから、先に洗うがよい。 各種の押等は主として穴を、車類はホゾ先・歯車・カナ等を良く洗うのである。 歯車やカナの間に油の固まりや、埃等が附着して、取れ悪い時は掃除木又はネジマワシの先にて、良くほじくって取る。 前にも述べた通り、二番車と筒カナは地板に附着せし儘、充分洗うことが出来る。 此の洗バケは一般に使用されているものは危険で、特製品に限る。

全部洗い終われば、別に三寸角位の箱に、黄楊(つげ)の鋸屑を入れ、之に洗い終わった部分品を入れて、 部分品が隠れる位に鋸屑を被せ、湿気を吸い取らせる。 充分乾燥したら取り出してヒゲ箸にて挟み、綺麗な乾燥せる刷毛を以て良く払い落し、次に黒文字や、 柳等の掃除木の先を尖らしたるもので、ホゾ穴全部を掃除する。

総て、部分品に直接手を触れることは、禁物であると云うことは、度々記述せる通りであるが、 殊に洗ってから後は絶対に手を振れてはいけない。 手を触れなければ出来ない様な場合には、紙を当てて握るのであって、之に使用すべき紙は、別製品もあるが、 決して毛の立つ様な紙を使用してはいけない。 黄楊(つげ)の鋸屑は、黄楊の鋸屑でさえあればよいと云う訳にはいかないので、之も精製されたのがいい。
以上の通り仕上げたる部分品は、組立に取りかかる迄は、綺麗なる西洋白紙の上に乗せ、 塵除(硝子製品)を被せて塵埃の附着を防ぐ。 塵除は製品があるが、別の洗皿を代用しても宜しい。

▲ 塵除

3. アルコール併用法

之は前述の通り、揮発油又はベンジン油にて洗い上げたる後、二三分間アルコールに浸して、 前同様の方法を以て乾燥せしむるのであって、単に夫れ丈の相違である。 アルコールに浸せば、夫れが為に光沢を付けると云ふ効果がある。 併し天府及アンクルは決して浸してはいけない。 アルコールはシケラックを溶解せしむる性質があるから、固着して居るタボ石及び爪石のシケラックを溶解する虞があるからである。

4. 黄楊の鋸屑なき場合の乾燥法

此時には、清潔なる西洋白紙の上にて揮発油を吸ひ取らせ、尚ほ残って居る揮発油は土佐紙を当てて吸取らした方が宜しい。 布片は糸屑が附着し易いからである。ヒゲや天府は決して布片で拭いてはいけない。 之は土佐紙を小さく切って置いて、之で吸取らせる。 之等の作業が終わったら穴掃除をして、五六分間塵除を被せたまま放置して置く。

急ぐ場合は、吸ひ取らせてから、目の小さい金網で作った小さき籠の中に入れ、火鉢の火に遠くより翳して乾かす。 決して近くで、弱い火にあててはいけない。 此際、天府・ヒゲ等は一緒に入れてはいけない。左手で天府押を持ち、天府が下がる様にして、 籠の縁と同じ高さ位に其中央に静かに支持して、籠は右手で支え、他の部分品と同様に乾かすので、此時間は十秒位より三十秒位迄、 火力に依って加減する。

天府押を持った手は、静かに移動せしめなければ、ヒゲを縺らせる虞がある。 ヒゲと天真ホゾは各部分品中で、最も曲がったり、破損したりし易いのであるから、細心の注意を要する。 全舞は洗浄後、如何なる方法の掃除を用ひたる場合でも、必ず毛立たない日本紙の切片で、全舞を必ず外方に曲げない様注意して、 全長の約三分の二位迄、其外端より扱く様にして拭き取る。 余り中心の方迄扱ひたら、折れる虞があるから、中心の方は両方より押出して拭く。 総て拭ひたる時は、綿毛が附着せない様注意を要する。

5. 其他の洗浄法

総て鋼の部分には、如何に小さく共錆があったら、充分に磨き落として置かねばならない。 之は各部分品に依って、或は油砥石を用いたり、ヂヤマンチン其他の鉄磨粉を、箆(へら)または磨棒に附けて用いたり、 各自の磨き良い方法を用いて宜しいのであるから、必ず洗浄する前に磨いて置く。 併し、ヒゲだけは磨かれないから取替えるより外はない。

6. 側磨法

側を磨くには、赤粉を水で練ったのを、刷毛に付けて摩擦したら宜しい。 又一法としては、重曹を水にて温したるものを側に付け、両方の拇指を以て摩擦してもいいが、 此時は磨いたる後に、必ず水にて重曹が少しも残らない様、洗い落さねばならない。 重曹が残って居たら、直に錆びるからである。龍頭も側と同様にして磨く。

7. 全舞拭き方の注意

全舞を拭く場合には、決して引き延ばしてはいけない。 即ち外方には現状以上に少しでも曲げない様にせなければ、後で折れる原因となる。 幾分内方に曲げる気持ちで拭けば良い。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)

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