1. はじめに
分解は、小型になるだけ難しいから、最新の注意を払わねばならない。 初心の者は、よくヒゲを縺らせたり、ホゾを折ったり、剣や香箱・全舞・ネジ等を飛ばしたりし易いから、 初めの内は、殊に注意に注意を加えて、取り扱はねばならない。
先ず、最も普通の式である、瑞西式龍頭引出表車アンクル式に就いて、分解を試みる。
分解の仕方は、龍頭取離、機械取離、剣・文字板・日裏諸車取離、天府取離、全舞戻方、アンクル取離、伝車取離、
香箱取離、全舞取出、銘々式その他の説明、其他諸式の異なりたる点の分解注意、天府押に結合せる各部分品の分解、
天府押とヒゲの分解、天真とヒゲの分解、ヒゲとヒゲ玉との分解、天真とタボ座との分解、天府と天真との分解、
タボ座とタボ石との分解、上部受石押及び緩急針の取離、小ネジ小栓等の挟み方、鎖引時計の全舞の戻し方、
四刎(よつばね)分解法等に分類し、順次詳細に説明し、尚ほ普通分解の場合と破損取替えの場合との分解の異なる点も詳説す。
2. 龍頭取離
最初にネジ廻しにてコヂて、表硝子縁・裏蓋・中蓋等を開く。 次に龍真梃止ネジの頭が、香箱押の首に接近したる箇所に出て居る。 之は他のネジより小さいから、直に発見することが出来る。此のネジを二三回戻して、龍頭を龍真と共に、機械より取去る。 此のネジの戻し方は、二三回で宜しい。 余り沢山戻せば、龍真梃(引出)が離れる。此ネジは、普通は右ネジであるが、稀には左ネジがある。 間違って反対に無理に締めれば、ネジ頭を折ったり、又はネジ廻を潰すことがあるから、注意を要する。
3. 機械取離
次に機械止ネジを抜いて、機械を側から文字板の方向に押出すのであるが、機械止ネジを抜き出す間は、機械が下に落ちない様、 指で支えて居る。 此ネジは普通二本で機械表に出て居るが、旧式では地板にあって、側の内部の下方に止めてある。 之はネジ頭が半分足らず切断され、一本であって反対の方には機械に栓が付いて居て、之が側の内部に入り、 ネジの代用をなして居る。 此のネジは抜き去る必要はない。少し廻してネジ頭の切断されし方が、側と平行に来る様にすれば宜しい。
4. 剣・文字板・日裏諸車取離
次に剣・文字板・日裏諸車を取離すのである。 剣抜箸を長剣と短剣との間に入れて挟めば長剣は取れる。此際剣が飛散し易いから、左手人差し指にて剣を押えて居る。 秒剣は挟んで、少しコジ上げる気持ちにすれば、直に取れるが、斜めにコジたら四番ホゾが折れ易いから、 決して斜めにコジてはいけない。 必ず四番ホゾに対して、真直ぐに上方に向かってコジ上げるのである。
短剣は特種の場合、即ち傘車の取替え修理や、短剣及び座金取替えの必要ある場合以外は取離さず、其の儘にして置いて宜しい。 取離す場合には秒剣の場合と同様に処理する。
次に、文字板の足留ネジを緩めて、文字板を取離すのであるが、
注意せなければ文字板に罅を入らすことがある。
足留ネジは、縦ネジなれば鍔
次に日裏伝車を取出す。併し此車は押があって取れないものもあるから、そんなのは其の儘で洗って宜しい。 そして筒カナは、特別の場合でなければ取離さず、其の儘で充分掃除は出来るのであって、取離した為に完全なのが、 真棒との締まり加減に影響を及ぼし、大なる手数を要することが往々あるからである。 併し取離す必要がある場合には、ヤットコにて挟みこじ上げるのである。 若し取れ悪い時には、天府・アンクル・諸伝車及び押等を取離した後、小金槌にて筒カナの方より二番真を少し敲けば取れる。
5. 天府取離
次に機械を裏返して天府を取離す。
先ず天府押ネジを抜き去る。之は右ネジである。
ネジに就いて一寸説明して置く。ネジは殆ど総てが右ネジであるが、表巻伝車のネジだけは左ネジである。
右ネジであったり、左ネジであったり、各種の時計に依って一定して居ないネジが、
表全舞巻車
機械は左手に握り、左人差指にて天府押を静かに押えて居て、右手にてネジ廻しの先を静かに天府押と地板との間に入れて、 こぢれば天府押の二本足が、地板の穴から抜けるから、其の時に右手で、ヒゲ箸を持ち完全に決して落ちない様に押を挟んで、 静かに揺り動かしつつ、ヒゲや天府も連動せし儘一緒に取去る。 此の際注意すべき事は、天府やヒゲを二番車等に引っ掛からない様にし、且つヒゲが少しでも曲がったり、 伸びたりする様に強く引っ張ってはいけない事である。 此の挟み方が大切であって、ヒゲ箸の片方は押と地板との間より入れ、片方は押の上にあてて挟むのであって、 決して押の側面を挟んではいけない。 之は落し易いからである。若し万一落したら、大概ヒゲを縺らしたり、天真を折ったりするから、時計の分解作業中であっても、 此の天府取扱いが一番大事で、最も注意を要するのである。 天府を取出してから、取落すよりも、天府を取出さない中に押だけ落すのが、尚いけないので、 此場合には、必ずヒゲを全然駄目にする。 挟む所の力の入れ具合は、余り強過ぎても、弱過ぎても、共にいけないので、其の中間でなければならない。 シリン時計ならば、必ず全舞を戻してから、取離すのである。
出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)