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懐中時計の基礎知識

1. 運転系統の略図

  1. 香箱車(一番車 Winding Wheel)・・・此の車の下に全舞(メイン・スプリング)を全舞箱(香箱)に納め入れる
  2. 二番車(Center Wheel)
  3. 三番車(Third Wheel)
  4. 四番車(Fourth Wheel)
  5. ガンギ車(Escape Wheel)
  6. 天府(Balance Wheel)・・・5.ガンギ車より7.天府迄を総称してアンクルエスケープメントと称す
  7. 髭(Hairspring)・・・ヘアースプリングは天府の反復作用をなさしむ
    随って此のヘアースプリングの長短、強弱により時間の遅速を調節し得

出典 長谷川時計舗 営業案内(大正14年6月発行)

2. 懐中時計の構成

時計の構成は其の作用に依って、下の六項目に別つ。

  1. 原動力に力を興へ、且つ剣を廻す装置(龍頭巻鍵巻装置)
  2. 原動力(全舞又は錘)
  3. 原動力を伝達する装置(一番より五番に至る諸車及カナ)
  4. 伝達されたる力を支配調節する装置即ち整動機(ヒゲ、天府、アンクル、シリンダ、ガンギ車等)
  5. 時間表示装置(文字板裏諸車、文字板、長短剣等)
  6. 以上諸器を完全に保護する装置(時計側)

一、 龍頭巻鍵巻装置

之は俗に言ふ所のネジカケ装置であって、大別して鍵巻と龍頭巻とに別つ。
鍵巻とは、鍵が時計より離れて、別にあるのであって、それを香箱真が四角となって裏面に出て居るのに嵌めて捻をかけ、 針を廻すには二番車真がやはり四角となって出て居るから、それに嵌めて廻すのであるが、此式は最も旧式で現今は製造されず、 近き将来に絶滅すべき運命を有するのであるが、極く稀に存在して居る。
龍頭巻とは、時計の頭に付着して居る龍頭を廻せばそれに取付けてある龍頭より数個の歯車を経て全舞が巻かれる様になって居て、 剣を廻すにもやはり龍頭を廻すのであるが、此際は予め龍頭を引出すか、イボを押すか又は爪引掛けを引出すかして廻すのであって、 之にも種々の様式が有るが、大別して表車式・裏車式の二つに別ける。
新式の時計は殆ど龍頭巻引出剣廻装置である。

▲ 押ポッチ 剣廻表車 龍頭巻装置
▲ スイス式 龍頭引出剣廻表車 龍頭巻装置
▲ 米式 龍頭引出剣廻表車 龍頭巻装置

二、 原動力(全舞又は錘)

全舞は適度に焼入焼戻をなしたる帯状鋼を渦巻状に巻いてあって、其の内端にある穴が香箱真のイボに、 外端が穴・角又は折曲等に依って香箱の内側にあるイボ、又は上下に開けられたる穴等に引掛けられて、香箱内に収められてある。 錘は全舞の代用として主として大置時計に使用されて居る。

三、 伝への諸車

之は一番車(香箱の周囲に歯車あるもの) (鎖引時計の香箱には歯車なく別に一番車ありて之に鎖を巻く様に円錐形状に渦巻状の溝ある車、之をヒュージ一番車と云ふ。)・ 二番車(中央車)・三番車・四番車・ガンギ車(五番車)・等にして、一番車を除く他の諸車には、全部カナを取付けてある。
全舞を一杯巻上げると、香箱は五廻転する様に一般の時計は出来て居る。内三廻転を使用し、残りの二廻転は予備として残して置く 性質のものであるが、後の二廻転を使用すれば幾分遅れる傾向がある。

各車廻転率は、香箱の一廻転に対し二番車は八廻転するから、香箱の歯数は二番カナ歯数の八倍である。 而して二番車は一時間に一廻転をなすから、香箱は八時間に一廻転する。
長剣は二番車真に取付けられ、二番車の一廻転に対し三番車は八廻転するから、前者の歯数は後者カナの歯数の八倍で、 即ち三番車は、七分三十秒に一廻転をなす。三番車の一廻転に対し四番車は七廻転半をなすから、 三番車の歯数は四番カナの歯数の七倍半であって、四番車は即ち一分間に一廻転をなすのであるから、之に秒剣を取付ける。
四番車の一廻転に対し、ガンギ車は十廻転をなす。即ち四番車の歯数は、ガンギカナの歯数の十倍であって、 ガンギ車は六秒に一廻転をなすのである。而してガンギ車の歯数は、殆ど全部が十五に定まって居るが、 カナの歯数は大抵六、七、八、等となって居て一定して居ない。

歯車は、各々次の車と同一の軸真に結合されたるカナに力を伝へるのであって、全舞の力は香箱より順次各車に伝送され、 ガンギ車に至るので、一時間一萬八千の震動機を有する時計の各車一時間の廻転数を挙ぐれば、次の通りである。

  香箱 八分の一廻転
二番車 一廻転
三番車 八廻転
四番車 六十廻転
五番車 六百廻転

異なる振動数を有する時計でも四番車迄は同一であるが、五番車の振動数が異なるのである。 之等の歯車は殆ど真鍮を使用されて居るのであるが、稀には洋銀、軽銀、銀等を使用されて有るものもあり、 又米国製上等器械には九金、十二金、十四金等を用ひられたものもある。但しガンギ車は鋼を用ひられたのが多い。
各伝車はカナに取付け、カナの上端をカナクツテ固定せしめ、カナと軸真は別個のものならず、同一本の鋼棒にて仕上げられてあるが、 例外として安全カナと云ふものがある。安全カナは高級時計に限って装置され、中以下の時計には無い。 高級時計でも全部のカナが安全カナとなって居るのではなく、二番カナだけが安全装置となって居るので、 之は二番車の軸真に男捻を、カナに女捻を切って捻じ込んであって、全舞が切れた場合、香箱の逆転に備へる為である。 全舞が一杯巻かれてある時に切れたら、其の反動に依って多くの場合、香箱の歯か又は二番カナの歯を折るか曲げるかするのであるが、 安全カナであれば香箱と一緒に逆転するから、夫等らは勿論其の他の諸車にも、全然反動を伝えない。 之を安全措置と謂ひ、此の安全装置は安全カナを用ひず香箱内に装置されたのもある。 それは香箱が二重になって居て、全舞が切れた場合には内部の香箱のみ独り逆転して他に反動を伝へない装置となって居るに限らず 天真やアンクル真の場合に於いても同様である。

四、 整動機(エスケープメント)

之は全舞よりガンギ車に迄、伝達されたる力を支配調節する所の、時計の心臓部に該当するものであって、 ヒゲ・天府・天府とガンギ車を連結せしむるもの、並にガンギ車等よりなり、之を整動機(エスケープメント)と称する。
之はヒゲに依って天府が支配されるものであって、天府は約一秒の五分の一の期間に一廻転をなし、 二振動にてガンギ車の歯一枚宛を動かす。 而して天府とガンギ車とを連結せしむる為に種々の形式があるが、最も完全にして且つ最も多く殆ど総てに用ひられて居る所のものは、 アンクルに依って連結されたる、アンクルエスケープメント(レバーエスケープメントとも云ふ)の形式である。

次は、安時計用に用ひられて居る所のシリンダーエスケープメント(アンドとも云ふ)であるが、 之は天府の真が筒となり切込みがあって、其筒の切込みの両端と、其内外の両面との作用に依って、 ガンギ車の歯一枚宛を通過せしむる仕掛けとなって居るのであるが、アンクル式に比較すれば遥に不完全である。 然れども安物一方を要求する人が多いので、未だ命脈を保ち、主として瑞西に於て製造されて居るが、 将来に於ては絶滅すべき運命を有して居るのである。

其他袖振天府式、シングルビード式(クロノメーター式)、デュープレックス式(二聯鼠歯ガンギ式)等あるが、 之等は現今殆ど絶滅に歸し、内クロノメーター式のみ船舶用として用ひられて居るのであって、諸君の手に廻って来ると云ふことは 殆ど無いと云ってもいいのであるから、之等の諸式は略する。

五、 時間表示装置

之は時間を表示する所の仕掛けであって、文字板裏に突出して居る二番車軸真に筒カナを嵌め、 其側にあるカナを有する日裏伝車に連結せしめ、日裏伝車のカナは筒カナに嵌められたる傘車に連結して之を動かすのである。 而して右各車カナ等の割合は、傘車の一廻転に対し、日裏伝車は四廻転、筒カナは十二廻転であって、日裏伝車の一廻に対し、 筒カナは三廻転で、大多数は此の割合であるが、傘車の一廻転に対し日裏車は三廻転、日裏車の一廻転に対し筒カナは四廻転と云ふ割合のもある。 其他割合のも稀にはある。

長剣は筒カナに、短剣は傘車の筒に、而して秒剣は四番車のホゾ先に、何れも堅く取付けてある。
右の各車と各剣との間に文字板があって、之は二本の足を有し、地板の穴に嵌め込まれ、足留捻にてキチット締付けてあって、 其中央に傘車の筒が緩くり嵌るだけの穴があり、少し側の方に秒剣(セコンド)が緩くり嵌るだけの穴がある。

剣を廻す時には、二番真は動かずして筒カナのみ動き、平常は二番真より遅れることなく、 抱き付いて一緒に廻る程度に締まり付いて居るのであるが、舊式時計の方は反対であって、 二番真と筒カナは決して動かぬよう堅く嵌め込んで、二番カナに対し二番真が動くよ様になって居て、 平常は二番車カナにくっ付いて一緒に廻る様になって居る。 大抵は筒カナ・日裏カナ・は鋼、日裏車・傘車は真鍮製であるが、稀には鋼製のもある。

文字板は、真鍮台に白色の瀬戸焼を付し、之に黒にて文字を現はしてあるのが一番多いが、瀬戸焼を付せずして金支、銀支、 と云って金銀色に着色されたものもある。文字板(エトウ)の足は殆ど銅で、文字は金文字、 或は銀文字にて現はされて居るのもある。

殆ど総ての時計は、秒剣の方が六時、反対の方が十二時と云ふ様になって居る。旧式の剣は真鍮、銅等にて作られて居たが、 現今は殆ど鋼で作られてあって、其色合は藍色又は鳶色迄焼戻されてある。

六、 機械保護装置(側及ガラス)

精工舎 EXCELLENT 専売側

之は以上の諸器を保護する所の側、及硝子である。
側を形式によって分類すれば、片硝子及無双側であって、片硝子側とは胴(器械の嵌る所)・中蓋・裏蓋・硝子縁・首等で組織されて居る。 無双側とは片硝子側の表硝子縁の上に表蓋があるのである右の中、中蓋が無いのもあり、之を一枚蓋と云って、腕時計は殆ど一枚蓋である。 旧式の時計には中蓋が硝子縁となって居るのが多いが、中蓋の内に今一つ硝子縁があるのも稀にある。 側は些少の間際より、塵芥が侵入するから、中蓋のあるのを賞美する。 之等の蓋は、蝶番に依って胴に連結されるのと、只キッチリ嵌め込む様になったのと、蓋が女ネジとなって居て、 男ネジを切られたる胴に、捻じ込むのとがある。 又表蓋のみがネジで嵌め込み、裏蓋は胴と一体になって、機械と胴は蝶番にて連結される様になったのもある。
要するに側は、機械を完全に保護することが第一の目的であるから、最後の式は最も理想的のものである。

片硝子の一種の変形として専売側がある。之は現今盛んに用ひられて居て、外見上、胴は見えず表硝子縁と裏蓋とが、 蝶番に依って連結されキチット嵌り込む様になって居て、機械の嵌る胴は小さき金輪となって裏蓋に蝶番にて連結され、 而して裏蓋内に半分、表硝子縁内に半分、嵌り込んで外部からは見えないのである。 蝶番の位置は、裏蓋と硝子縁との分は、龍頭の反対の側に、内胴と裏蓋との分は、龍頭を手前に向けて見れば右側で、 龍頭と両方の蓋の蝶番との中間にある。
之は巴里形(最初に説明せしもので胴を外部に有し、之に硝子縁及裏蓋が両方より接合するもの)に比すれば、 二箇所の接合面を一箇所に減じ、其上廉価に生産し得るので、一挙両得、確かに一歩進めたるものである。

無双側では、龍頭(鍵巻にて首にある押ポッチ)を押せば、變曲せる鋼の刎の作用にて、蓋が開く様になって居るが、 之は刎の切込みより塵が侵入し易きものである。

現今、破竹の勢を以て流行しつつある腕時計の側は、専売側は少なく殆ど巴里形片硝子式で、懐中時計の側と異なる点は、 首が無く龍頭は直接側に接し、而して胴の両側に各一個宛の紐を通す銑があることである。 将来、懐中時計は腕時計に圧倒され、姿を消す時代が来ると想像される。 何となれば、後者は前者に対し軽便にして実用的、且つ進歩的であるからである。 懐中時計に於いては無双側は殆ど廃滅に帰せんとし、片硝子側が最も隆盛を極めて居るのであるが、 其中でも巴里側よりも専売側の方が優勢である。

最も流行せる大きさ、即ち型は、腕時計にては男子用として十六型を主とし、九型之に次ぎ、女子用としては八型を主とし、 九型之に次ぐ。 懐中にては男子用として十六型が殆ど全部を占め、米国製としては十二サイズが用ひられ、女子用としては、 十型を主とし、十一型・九型等が使用されて居る。

側は白金・金・赤銅・銀・ニッケル・真鍮・鉄・ベッコウ等にて製造され、鍍金としてはクローム側が流行して居る。 真鍮側は多く鍍金用に使用されて居る。而して之等の側には七々子・梨地・彫刻・金銀象嵌・無地等の技巧を加へられて居るが、 七々子は旧式で懐中時計としては、梨地最も多く、腕時計としては無地最も多く用ひられて居る。 最近はクローム側全盛である。
白金・鼈甲等は錆びず、金、赤銅等は殆ど錆びず、共に高尚優美にして最も良いのであるが値高く、 銀・ニッケル・鉄・真鍮等は安価であるが錆び易く不体裁なる欠点がある。

硝子には厚山硝子・厚硝子・薄山硝子・一文字・裏スキ一文字其他種々の形状をなせるものもあるが、 腕時計・新式片硝子側及専売側等には厚山硝子・厚硝子等、無双側としては薄山硝子が使用され、他は旧式時計其他に用ひられて居る。
厚山・厚硝子・薄山等は中央が自然と高くなって居て、厚さに依って名称が違ふのであって、厚山最も厚く、薄山最も薄いのである。 一文字は、中央が高くならずして水平面となって居り、裏スキ一文字は水平面なれど裏が山面に梳き取ってある。 厚山と厚硝子は、同一に使用されるが、厚山を使用した方が破損の程度少なく利口である。 薄山使用の際は余程注意せなければ破損し易い。

無双側の一種に、蛇の目無双と云ふのがある。 之は表蓋の中央を円形に小さく切取り、硝子を其中に嵌めこんで其周円に七宝の象嵌で文字を表はし、 表蓋を開かずとも時間を見ることが出来るのであって、其他の点は総て無双と同一である。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)

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