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懐中時計の基礎知識

4. 文字板裏総ての検査

次に文字板を外し日裏(ひのうら)諸車・巻車・(てこ)(はね)其他文字板裏総ての検査を行ふ。
先ず傘車の筒カナに対するユトリは適當であるか、ユトリが無く締まり過ぎる様ではないか、 ユトリが多過ぎて余りがた付く様ではないか、傘車の筒の長さは適度であるか、長過ぎて筒カナに嵌めたる長剣に触れる様ではないか、 歯が曲がったり折れたり摩滅したりしては居ないか、又日裏カナとの喰合は適度であるか。
次に日裏カナは文字板と地板とに対し、僅少のユトリを保持して居るか、其真は地板に垂直に立って居るか、 真と其カナの穴とは僅少のユトリを持って居るか、摩擦の為ユトリが多過ぎる様になっては居ないか、 歯とカナは固有の形態を存しているか、少しでも曲がるか折れるか摺れ減るかかしては居ないか、 筒カナと日裏車との喰合は適當なりや、深過ぎたり浅過ぎたりしないか等を調べる。

▲ 文字板裏 時間標示装置

次に筒カナの真に対する打込は適度であるか、地板に対し極く僅かのユトリを保って居ればいいが、余り多過ぎたり、 又はユトリ皆無で地板を圧し回転力を減殺しては居ないか、新式であったら、筒カナの二番真に対する締まり加減が丁度宜敷か、 即ち剣を廻す際には、二番真に対して回転し、然らずして時計の運転する場合には、二番真に対して決して動かず、 之に締まり付いて一緒に居る様、適度の堅さに締まり付いて居るかを検査し、旧式時計で長剣が直接二番真に嵌まって居るのだったら、 筒カナと二番真とは決して動かない様に、堅く締まり付いて居なければならないから、之はどうであるか、 又二番真と二番カナとの締まり加減は、新式に於ける筒カナと二番真との関係と同様であるから、 之等も注意して検査を行わねばならない。

其他龍頭巻装置、剣廻装置に関する総ての歯車が曲がったり折れたり摩滅したり、 梃や刎等が折れたり曲がったり又は刎の弾力が無くなったりしては居ないか、龍頭を巻く時にガリガリと云ふ音がして、 歯車と歯車が連絡せず外れる様なことはないか、又は龍頭を引出した際、龍頭留梃より外れて抜け出ることはないか、 龍頭が龍真より取れることは無いか、龍頭梃の留ネジは完全であるか、等を精密に検査したら、機械を側より取出し、 両蓋又は押開蓋等なら、押開がよく利くか、蓋の嵌まり具合は宜しいか、蝶番の具合はどうか、押開用の刎は完全であるか等を調べる。 古い時計は押開は利いても、蓋がよく嵌まらず直に開いてしまう様になったのが多い。
尚ほ古時計の表巻車式のものは、往々ギチ車と巻伝車との喰合が、摩滅の為浅くなって時々外れたり、全然かからなくなったり、 したのがあるから之等が全然取替へなければならない程度のものであるか、又は取替へなくとも、 或種の修理を施したらいいのであるか等も注意して調べておく。

5. 天府運動の確認

今度は左手にて、文字板の嵌まる方が下になる様にして機械を取り上げ、龍頭を六・七回廻し全舞を巻いて、 機械を円形に廻転する様振り動かし、天府運動の具合を見る。 此の龍頭を六・七回廻すと云ふ其一回は、龍頭の実際の一廻転ではなく、普通にネジをかける時の一回を云ふので、 実際は半廻転位のものである。
そして天府・ヒゲ・アンクル等の運動は正しいけれど、ガンギ車が動かない為に、暫くして之等の運動が止まると云ふ場合には、 ガンギ車より元動力の方向に至る諸車諸機等に、故障があると見なければならない。
若し此際、天府の運動が正しくない時には、先ずヒゲが正しい状態にあるか、縺れては居ないか、 油が付いた為にヒゲの渦の何処かで、くっ付いて居る所はないか、 又はヒゲが天府・天府押・ヒゲ留・ヒゲ挟二番車其他何物かに接触しては居ないか、 或は、糸埃等が付着しては居ないか等を良く検査する。
総て腕懐中等の検査には、疵見眼鏡(きずみめがね)を用ひなければならない。

次に天府輪を廻転せしめて、側面より之を眺めたる時に、地板に対し平行に常に一直線をなして廻転するか、上ったり下ったりして、 踊る様な廻転はせないか等を調べる。 之は平行で、常に一直線をなして居なければならない。
今度は之を上方より眺めて検査を行ふ。 此時に於ける天府廻転運動の状態は、一定したる真円をなさなければならない。 楕円状に見えたり、又は一杯機嫌の千鳥足(いっぱいきげんのちどりあし)と云ふ具合に、 ヨロリヨロリと横に振る様な動き方はいけない。
此際に於けるヒゲの運動は、総ての点に於いて同一でなければならない。 即ち片寄った運動はいけない。換言すれば、渦と渦との間隔が、総ての点に於いて同一でなければならないので、 決して何れの点に於いても、渦と渦とが接触する様な運動をしてはいけない。
尚ほ、巻上ヒゲに於いては、巻上げる為に曲げ込んだ箇所が、次の渦に接触してはならないから、之もよく注意する。 殊に小さい時計に於いては、天府と押板との間隔が少ない上に、此巻上ヒゲは二重になって居る関係上、 些細のことで天府・ヒゲ挟・ヒゲ持・押板等に接触し易いのである。

次にヒゲは、ヒゲ挟に正しく挟まれて居るや否や、之はタボ石が天真とアンクル真との一直線上にあって静止せる時には、 ヒゲはヒゲ挟の中間になければならないので、其両方の栓何れにも偏してはいけない。 そして運動の際には、ヒゲがヒゲ挟の両方の栓に、交互に軽く触れると云ふ程度でなければならないので、 決して片一方の栓にのみヒゲがくっ付いて居る様なことがあっては、時間の正確を期すことは出来ないのである。

次に天真、アンクル真、ガンギ車真の三つの天地のユトリが同一であるや否や、之は常に同一でなければならないので、 若し之等が不等一であったならば、ガンギ車の歯と爪石との接触面が一定されずして、時計の位置に依って異なり、 甚だしければ外れたりする様なことも起こって来る。
尚又タボ石・タボ座・アンクル刺股・振切止等相互の関係にも、不良の影響を及ぼす。 即ち時計の位置に依って、刺股とタボ座の接触を来たしたり、瑞西式の二重タボ座に於いては、タボ石が振切止に触れたり、 振切止が下部タボ座より外れたりする様なことが起る。 又反対にタボ座と刺股との上下の距離が、離れ過ぎた為にタボ石が刺股の上空に働いて、刺股に働かなくなったり、 二重タボ座に於いては、従って振切止が下部タボ座より外れたり、下部タボ座が刺股の下部に触れたりする様な結果を来たすのである。

次に之等三つの真が、穴に対する横のユトリも同一でなければならない。 ホゾ穴やホゾ等が摩滅して、穴が大きくなったり、ホゾが小さくなったりしたら、之等のユトリに不等一を来たし、 ガンギ車の歯とアンクル爪石との喰合に異状が来る。 即ち喰合が深くなり過ぎたり、浅くなり過ぎたりして、閉止・開進等に狂を来たすのである。 尚ほ、タボ座タボ石とアンクル刺股、振切止との距離に影響を及ぼし、夫等の距離が正規の距離より大となったり、小となったりして、 運転に故障を来たすから、之等を注意して調べたら、今度はアンクル爪石とガンギ歯との動作関係を精密に検査する。 此の部分の動作関係は、時計の中でも最も重要なものであるから、其積もりで一層の注意を要する。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)

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