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ハートエッチ精工所・長谷川時計舗

2. 長谷川時計舗の略歴

年 号 事 項
明治14年(1881) 初代長谷川与吉が、名古屋市中区玉屋町(現在の錦三丁目)で時計の卸、小売業開始(六月)
明治20年(1887) 二代目与吉が服部時計店に見習奉公のため上京(当時二十二才)
二代目与吉わずかの期間で帰省し、西区玉屋町二丁目で時計卸専門店を開業
明治28年(1895) 時計舗長谷川、正札附厘毛引なしの画期的正価販売開始
明治29年(1896) 自転車部親切、蓄音機販売
明治37年(1904) 二代目与吉、名古屋時計商興信用組合長に就任
明治38年(1905) 玉屋町四丁目に時計塔のある新店舗建築、移転
個人営業から合名会社に組織変更、掛金購買会設立
掛時計工場「ハートエッチ精工所」設立
明治41年(1908) 二代目与吉が名古屋時計商組合長就任
支那に渡り、南京博覧会見物、上海法租界ら出張店開設
大正2年(1913) 長谷川順一誕生
大正3年(1914) 上海出張店廃止、共同仕入団発起
大正8年(1919) 掛売・掛買を全廃、一般現金取引へ
大正11年(1922) 二代目与吉、欧米各地を視察に出発、 スイスメーカーと「ドホール(Dufour)」ブランドの懐中、腕時計輸入契約締結、 これは長谷川時計舗だけのプライベートブランド、 ドイツではキンツレ会社と置時計輸入代理店契約(四月)
大正13年(1924) 長谷川博康誕生(六月)
渡欧の折、ドイツ・ライプチッヒで購入した書籍八万余点を名古屋高商に寄贈(十二月)
大正14年(1925) 長谷川与吉、書籍寄贈の功により紺綬褒章下賜さる(十月)
大正15年(1926) 予約特買会発足
昭和2年(1927) 二代目与吉、名古屋時計連合組合長就任(五月)
掛金購買会設立
昭和3年(1928) 二代目与吉、名古屋蓄音機組合長就任(十二月)
昭和4年(1929) 一部店員に洋服を着用させる
昭和8年(1933) 二代目与吉、名古屋商工会議所議員に選ばれる
初代与吉死去(享年九十二才)
昭和10年(1935) 女店員採用、定刻制採用
昭和12年(1937) 二代目与吉、死去(享年七十二才) (十二月)
長谷川順一代表社員となる
昭和19年(1944) ハートエッチ精工所、中島郡に移転
昭和20年(1945) 空襲により名古屋市内の店舗、工場焼失(三月)
店舗は一宮・萩原町に移転
昭和21年(1946) 御幸本町に店舗再建
昭和22年(1947) 株式会社に組織変更、小売専業となる(五月)

参考文献:「長谷川時計舗百年史」長谷川時計舗出版

長谷川時計舗

(昭和初期)

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