3. 掛時計の時間打装置
時間打装置や目覚装置は、やはり懐中時計にも稀には有るが、其の装置は置時計に於ける装置と大差ないのであって、 置時計の目覚装置が解ったら直ぐに解るから、其の説明は置時計に譲り、懐中の目覚装置に就いては、説明を略したのである。
懐中時計の時間打装置は、其の種類甚だ多く、到底全部の説明をなすことは出来ない。 併し其の種類は多いが、之を所有する人は滅多にないから、此の式の懐中時計が諸子の手に修理を委託されることは、 十年に一回あるか、或いは一生涯に一回もないか解らない状態であるから、之に就いての説明は省略したのであるが、 諸子は本講義に於いて説明されたる、懐中時計及掛置時計の全部に就いて熟読玩味し、尚相当に実地の経験を積んだら、 例え懐中時計の時間打装置の修理を依頼されることがあっても、之を注意深く分解して見たら、 直に了解することが出来るから、茲には掛時計に於ける時間打装置に就いてのみ説明する。
掛時計の殆ど全部は、時間打装置であるが、置時計の時間打装置のものは少ない。 此の装置は掛時計も置時計も同様で、時間装置も時間打装置も同一機械に仕組まれ、大抵時間装置は右に、 時間打装置は左に取付けてある。
時間打装置の部分品を挙げれば次の通りである。
- 全舞
- 一番車
- 二番車
- 三番車
- 四番車
- 五番車(風切車)
- 時間打管制車
- 挺押開円盤
- 一番挺軸
- 二番挺軸
- 中央挺
- 打金
- 鳴金及鳴金台又は鈴
全舞は、八角時計に於いては、時間の全舞より小さいものを使用してあるが、其の他の時計に於いては、同一のものを用ひ、 一番車の下部に、同一軸真に取付けてある。 全舞の巻き方は、大抵は時間の方は左巻、時間打の方は右巻となって居るが、稀には時間の方と同様、右巻となって居るのもある。 一番車の上に之に接して同一軸真に、万力車があり、コハゼと刎とが之に付随して居て、舞たる全舞の戻るのを止める様になって居る。 其の上部の同一軸真に、押板の下部に接近して、時間打管制車が取付けてあるが、稀には二番車軸真に取付けたのもある。 之は時間打の数を管制する為のもので、一より十二迄の数に総数七十八に歯を切ってあって、各数の終り毎に深く切り込んである。 之は四番挺の歯を深く入り込ませて、六番挺の鈎が、四番車ピンを引掛けて、之を止める様に近寄らしめ、打方を止める為である。
此の管制車は、二番車上部のカナに依って廻転せしめらる。 二番車には同一軸真に、二番カナより別に其の上部に、管制車を廻転せしむる為の特種のカナがある。 他のカナは全部鋼針に依る提灯カナであるが、此のカナ丈は歯車同様の真鍮製カナである。 若し管制車が二番車軸に取付けられて居るものであったら、之を廻転せしむる為には、三番カナの上部に、 相対して二本の鋼栓が出て居るのに依るのである。
三番車と三番カナとの中間よりも、三番車に接近して同一軸真に挺押開円盤がある。 此の円盤には相対して二箇所に窪みがある。 之は管制車の深い切込に、四番挺の歯が落込んだ時に、五番挺が入り込んで休止する港である。 それから、又此の円盤には、相対する二本の真鍮のピンがある。之は打金を上げては落しする所の用をなすものである。
四番車の輪の下側に、一本のピンがある。之は四番挺が、管制車の深い切込みに落込むと同時に、 近寄って来る所の六番挺の鈎に引掛って、四番車の廻転を停止せしむると同時に、打方諸車の廻転を停止せしむる為のものである。 五番車即ち風切車は、歯車を有せず単にカナと、竪に取付けられたる薄い真鍮板との一片とを有するのであって、 此の板に依って風を切り、打方諸車の急廻転を防ぐ、即ち諸車の廻転の速力を、適当に調節する用をなすものである。
各三本迄宛の異なりたる挺を有する、二本の挺軸がある。 ガンギ車に近い方を一番挺軸、他を二番挺軸と云ひ、一番挺軸の上部(文字板の方向)の挺より数えて、一番挺、二番挺、 三番挺と呼び、二番挺軸の挺も同様に上部より数えて、四番挺、五番挺、六番挺と呼ぶ。 二本の挺軸共に、真鍮の小針金の撥條を有し、夫れに依って総ての挺は、機械の中心に向かって引付けられて居る。 中央挺は長釼軸真の下部に取付けられ、真鍮の板を巴形に切ってあるのもあれば、又鋼栓を長釼軸に打込んで、 直角に曲げてあるのもある。何れにしても効力は同一で、之は二番挺軸を押上げて落す働きをなす。
打金軸真は、時間の方と時間打の方との各一番車軸の中央にあって、打金竿は後方に向かって此軸に取付けられ、 其の先端に円形の打金が付着して居る。此軸より今一本鉄線が、三番車に向かって取付けられ、 其の先端は三番車軸真に近く延長して居る。 此の鉄線は、三番車に取付けられたる円盤上の二本のピンに依って、交互に押上げては落されして打金を動かし、 鳴金又は鈴を打たす用をなすものである。
鳴金は、鳴金台に捻子にて固く取付けられ、鳴金台は機械より離れて、別の其の下方に取付けられて居る。 鳴金は鉄線を渦状に巻いてあるが、八角時計や置時計の分は、殆ど鳴金を用ひず鈴を使用してある。 二番挺は、時として一番挺軸より分離し、別に取付けられて居ることがある。
今迄説明したる時間打装置は、一般の掛時計の装置であって、八角や置時計等には、少々異なる点もあるが、 併し大体は同じ様なものであるから、此の装置に就いて充分了解したら、他の如何なる装置にても、直ぐに理解される。
以上、説明したる各機器の動作順序を説明する。
中央挺は、長釼軸真の廻転に伴ひ廻転するから、或る一程度の廻転をなせば、之に接触して居る二番挺を漸次に押開く。 そうすれば、二番挺と軸真を同じくして居る。一番と三番の挺は、之と同時に押開かれる。 そして一番挺は四番挺に接し、之を次第に押開ひて行く。 五番と六番の挺も四番と軸を同じくして居るから、同時に次第々々に押開かれる。 そして時間打諸車の廻転を止めて居る六番挺鈎と、四番車下部のピンとの接触が外れて、時間打諸車が廻転し始めるのである。 所が中央挺と二番挺との接触は、此の時には未だ外れて居ないから、押開かれて四番車ピンの廻転圏線内迄、 突出して来て居る三番挺に四番車ピンが引掛って、廻転し始めたる諸車の廻転を止めるのである。 即ち四番車は廻転し始めて、約半廻転位の時に止められる。以上の動作で時間を打つ所の準備が出来上がった訳である。
此の時は、丁度長釼が十一時を指した時で、即ち五分前にジッと音がするのは、此の時である。 此の動作は五分前が正當であるが、往々一・二分前とか又は反対に二十分も二十五分も前に行はれることがある。 之は一番か二番かの挺が、どちらかに曲がった為に起るのである。
それから中央挺が、二番挺を押開ひて通過し切った瞬間に、一番、二番、三番の三つの挺は同時に、 軸真に於ける発條の作用に依って、舊位置に戻る。そうしたならば、諸車の廻転を止めて居た所の、三番挺の退却に依って、 諸車の廻転を妨害する何物もなくなるから、諸車は一時に廻転し始める。 之は長釼が丁度十二時を指した時でなければならない。
そして諸車が廻転し始めたならば、三番車にある挺押開円盤の窪みに入り込んで居た所の五番挺は、其の窪みを外れて、 円盤の周囲に依って押開かれる。従って四番挺も押開かれ、四番挺と管制車との接触も外れるから、諸車は廻転を続け、 挺押開円盤上のピンに依って打金の一端を押開ひて落すので、打金は鳴金を一つ打つことになる。
打つと同時に挺押開円盤は、丁度半廻転して五番挺は、円盤の今一つの窪みに落込み、 同時に四番挺の歯先は管制車の切込に落込むのであるが、此の切込が浅い場合には、 六番挺の鈎が四番車のピンを引掛ける程度に入り込まないから、管制車の深い切込に四番挺の歯先が落込む迄は、 諸車は停止することなく、以上の動作を繰返して時間を打ちつつ廻転を続ける。 そして之が例へば、五時であったとしたならば、管制車の歯の切込みは浅ひのが四つあって、五番目が深い切込となって居るから、 五回打った時に四番挺の歯先は深い切込に落込む。 其の際六番挺の鈎は、四番車ピンの廻転圏線内に落込むから、其のピンは鈎に引掛かって、諸車の廻転を停止せしめ、 打方を止めるのである。 此際五番挺先は、挺押開円盤の窪みの中央か、又は少し後方にある位で、深さは窪みの半分か、 又は半分よりも少し深い位の所にあったらいい。此の円盤の窪みは、五番挺の落込む方は直角に、 底辺は又此の線に対し直角に切ってあるが、脱出する方は底辺に対し緩傾斜に切られて居る。
四番車ピンと六番挺の鈎との相互位置は、四番挺の歯先が管制車の浅い切込に落込んだ時は、決して接触せずして、 深い切込に落込んだ時は、脱出することなく完全に引掛かる様でなければならない。 之は全舞の力が弱い時には、引掛かるが、弱い時即ち全舞を巻き詰めたる時には、 引掛からずして脱出すると云ふ様なのもあるから注意を要する。
それから四番車ピンと三番挺との相互位置も五分前に落込んだ時には、三番挺は完全に脱出せない様に四番車ピンを受止め、 そして今度は中央挺と二番挺との接触が外れ三番挺が旧位置に復し四番車ピンとの接触が外れ、時間を打ち始めてからは、 決して三番挺は四番車ピンに接触してはならない。
それから四番挺の歯先は、管制車の切込の中央に落込まなければならない。 決して切込の椽即ち歯に接触してはならない。 それと同時に、四番挺の歯先の中央が、管制車の切込の底辺の中央に接する様落込まなければ、管制車より外れるおそれがある。 又管制車がグラグラぐら付く様でも外れるおそれがあるから、ぐら付かない様直さねばならない。 管制車は、其の下部より真鍮の薄板にて作られたる、馬蹄形の一種の刎にて、締め付けられて居るから、 若しぐら付く場合には、此の刎を取出し、管制車と接する方に、少し曲げ込んでから、取付けたら締まる様になる。 それから締まって居るのでも、管制車に強く触れたり、指で押へたりしたら、ぐら付く様になるから、取扱に注意する。
一番挺は、六番挺の鈎と四番車ピンとの接触を外す程度に四番挺を押開き、役目を果して旧位置に復したならば、 決して何物にも触れてはならない。
二番挺は、中央挺と接触するのみで、地板や三番車に接触してはならない。
三番挺は、五分前に六番挺より外れて、廻転し始めたる四番車のピンを受止めて、中央挺と二番挺とが外れて、 旧位置に復する迄は完全に之を支持し、旧位置に復したる時は、地板や四番車や其の他何物にも接触してはならない。
四番挺は、一番挺より押開かれて時間を打つ時に、管制車の切込の底辺に落込んで接触する以外、 押板や二番車や三番、四番の軸等其の他何物にも接触してはいけない。
五番挺は、挺押開円盤の周囲に接触する以外、三番車其の他何物にも接触してはならない。
六番挺は、時間を打止たる際に、四番車ピンを引掛けて次の時間を打つ五分前迄は、完全に之を支持する外、 四番車五番カナ、地板、柱其の何物にも接触してはならない。 風切車は其の軸にぐら付かない様、確り締まり付いて居なければならない。
一番挺軸並に二番挺軸に巻き付けたる真鍮針金の撥條は、小さい糸針金で余り強過ぎもせず、 又弱過ぎもしないと云ふ位の弾力を支持せしめて、其の一端を柱に巻き付け、解けない様にして置く。
打金軸に巻き付けたる真鍮金の撥條は、軸挺の分よりも少し大きいのを用ひ、而して締め加減も適当でなければならない。 余り強過ぎたら、時間打諸車の廻転力を弱くし、甚敷のは止める様になり、又反対に弱過ぎたら、 鳴金の音が低過ぎたり可笑な音を出したりする様になるから、廻転せしめつつ手加減を以て適当に締付ける。
それから時以外に三十分打の装置は、管制車の深い切込の次に、必ず今一つ深い切込があって、 歯数や切込の数は普通の分りも十二丈多く、合計九十に切ってある。 それから中央挺が普通の分は一個であるが、之は相対して二個取付けてある。 其の他は全部同様であるが、単に以上の二点丈が相違する点であって、三十分の時は必ず一つ宛打つこととなる。
それから大概四番挺に取付けられたる別箇の一本の針金が、振子の近く迄下って来て居る。 之は時釼即ち短釼と時間打ちの数が違って居る場合に、其の先端を押上げて時間を打たせ、之を合わせる為のものであるが、 之は無いものもある。
出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代の発行物)