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掛置時計の基礎知識

1. 玉振アンクル エスケープメント

振子に依るアンクル整動機は、掛置時計に於ける特有の整動機である。 此の整動機は振竿と振子とに依って懐中時計に於ける天府とヒゲとの代用をなして居る。

振子は連続的に力を与えず、最初一回だけ力を与えて振り動かしたと仮定すれば、其の振方は漸次小となって、 遂には停止するに至るものである。 然るに之に一回毎に減少する力と同一の力を連続的に加えたならば、此の振動は常に同一の力を以って、 其の加えられる力が無くなる迄は継続して振動を続け決して停止せないのである。
つまり此の原理を応用されたのが、此の玉振アンクルエスケープメントである。 此のガンギ車の数は、三十三、又は三十八に切ってあって、英式アンクルのガンギ車の歯見た様に尖って居る。 歯数の多い方は振竿が短い。

アンクルは薄い長方形の鋼の先端を折り曲げて、爪石の代用をなさしめ、其の中央が下駄歯体であって、 其の下駄歯体の向かって左より三分の一の点がアンクル軸真となり、右より三分の一の点にアンクル竿が取付けられて居る。 アンクル竿は真鍮の針金で其の先端は器械押板に対して、垂直に長方形の輪に曲げられ、此の中に振竿が通されて居る。

振竿の上部は、大概長方形の薄い短尺形に敲き伸ばされ、其の上端は振竿止に依って止められて居る。 此の短尺形は、振子の振動を自由ならしむる為であるから、成可く薄い方がいい。 グレシアム玉振の振竿は多く之と異なった形式となって居る。振竿の下部は、振子を掛ける様に鈎に曲げられて居る。

振子は鋳鉄の外部を真鍮にて包まれ、円形をなして裏面の穴に針金其の他のものを通し、其の上部にて振竿に引掛け、 下部は雌ネジにて振子を止めてある。
此の振子は温度の影響を受け、寒い時には収縮して振方が速くなり、時間が進み、暑い時には膨張して振方が遅くなり、 時間が遅れる様になるのである。
之を補正する為に、比較的熱の影響を受けざる木質を振子に通し、又は振竿を格子形にして其の影響を少なくする様にしたのもある。 之を補正振子と呼ぶ。

振子を重くしたり、振竿を長くしたりすれば遅れ、軽くしたり、短くしたりすれば進む。 振子を止めてあるネジを廻せば、長くしたり短くしたりすることが出来るので、時間の遅速修正は大抵之に依って行ふのである。 此の遅速に関しては、ガンギ車とアンクルの喰合の深浅も、大に影響を及ぼし、深過たら遅れ、浅過ぎたら進むのである。

之等の正しい喰合の程度と云ふのは、一方の下駄歯をガンギ歯が脱出して、今一方の下駄歯に落ち込んで来た瞬間に、 ガンギ歯の全長の約四分を閉止して居ると云ふ位が丁度いい。 此の喰合を調整するには、ヤットコでガンギ車押を挟んで、どちらかに曲げるか、又はアンクルの地板を動かすかする。 之は両方の下駄歯とガンギ歯とのドロップの関係に依って、或は天府押、或はアンクル地板を移動せしめて修正する。

それから、アンクル竿の長方形の輪は、振竿の丹尺形を外れて其の下部の振竿を抱いて居らねばならないので、 決して丹尺形を抱いてはいけない。 振竿は其の長方形の輪の中央にあって、前方にも後方にも寄りかかってはいけないと同時に、 振竿を固く締め付ける様でもいけない。極く僅かのユトリが必要である。 それから、ビートの姿勢を保って居なければならない。 掛時計ならば柱に垂直にかけ、置時計ならば垂直に据えたる時に、両方の下駄歯の閉止が同一であって、 此の姿勢に於ける刻音は、必ず同一である。

ビートの姿勢

文字板を取付ける前に調整します

之を試すには、機械を側に取付けて文字板に取付けない前に、時計を垂直に位置せしむる。 掛時計なら柱にかけ、置時計なら机の上に置き、小さな紐の両端に錘を付したるものを、側の胴の上部から引掛けて、 胴の両端の下部迄下る様にする。 そして、其の錘を動かない様に静止せしむる。 そうすれば、大概の時計は側の下部と紐との間が、幾何か間隙を生ずるから、此の間隙が両方共同一になる様に、 時計を位置せしむるのである。 若し間隙を生せない時には、側の上部の紐の下に、マッチの子でも何でもいいから、同一の大きさのものを両方に敷けば、 大抵下部に間隙を生ずるから、必ず此の両方の間隙を同一ならしむる様、時計を右に或いは左に動かして、正確に垂直に位置せしめる。

そうしたら、振子を振竿にかけて、之を下駄歯とガンギ歯とが開進する最小限度に、振り動かす。 之は大きく振り動かしてはいけない。
必ず開進する範囲の最小限度でなければ解り悪い。そして両方の下駄歯が、同一の閉止を以て開進する様であったら、 それでいいか、若し一方の下駄歯に対しては、ガンギ歯が開進するが、今一方の夫れに対しては開進することが出来ず、 引掛かると云ふ様だったら、其の引掛かる方の下駄歯は、喰合が不過ぎる。 即ち閉止が多過ぎると云ふことになるのだから、之が同一の閉止量となる迄、修正せなければならない。

アンクル竿の赤矢印の部分を調整

極僅か曲げただけで両方の閉止に大きな差がでます
少しずつ曲げて様子を見ます

之を修正するには、ヤットコでアンクル竿を挟んで、左の指で其の下部の支へ、閉止の多い方が少なくなる様曲げる。 曲げ過ぎたら今度は今と反対になるから、其の時には少し曲げ戻したら宜しい。 之は極く僅かに曲げても、両方の閉止に差を生ずるから、注意して精密に正確となる迄修正する。

此の修正中に、良く時計が動いて其の位置が変わり易いから、常に注意して、垂直の位置を変わらせない様にせなければならない。 そして此の試験は、是非共ガンギ車の一廻転以上やる。 例えビートの姿勢となって居ても、ガンギ車の歯一本でも、どちらかに曲がって居れば、其の箇所で異状を来たすからである。 若し之等の歯一本でも曲がって居たら、小ヤットコにて注意して直さねばならない。

それから、ドロップが等しくない時には、下駄歯の何れか一方又は両方を何れかに曲げることに依って、修正する。 此のドロップの正しい角度は一度二分の一である。此の際は、勿論焼を戻して行はねばならない。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代の発行物)

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