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ラベルの時計達

1. マッチラベル 序章

初めてマッチを国産化したのは、明治9年にフランスで製法を習って帰国した金沢出身の清水誠が作った新燧社です。 国産マッチは、その後、摺り附け木などと呼ばれ、明治10年代には早くも輸入マッチを抑え、 華僑の手によって東南アジアへ輸出もされ、日本の代表的な輸出産業へと発展していきます。 そのためラベルの文字も、柄も東洋趣味のものが多く見られます。
100円ライターが登場してからは、すっかり家庭用も広告マッチも陰を潜めてしまいましたが、デザイン史としても大変、 時代を反映した面白いものが見られます。 今一度、2×1.5インチの宇宙に目を向けてみましょう。 明治から昭和まで多種多用な、はつらつとしたデザインが凝縮されています。

時計柄の代表選手「トケイ印マッチ」

12〜11時までの一揃い

戦前

戦前シート一揃い

膨大なマッチラベルの中でも時計柄のマッチは意外と希少なものですが、 このトケイ印マッチは時計柄の代表選手にあたるでしょうか。 1時〜12時まで12種類の文字盤がありこれをそろえるのも楽しみだったようです。

未裁断シート

昭和初期

戦前未裁断シート

この大きいシートは、未裁断の1枚の形のまま残っていた珍しいものです。 小型ラベルは、針の指し示す時刻がいろいろあり、7,8,9,3,4時の5種類です。 大形ラベルは、7時を指したものだけで、これはマッチ箱を包装した上に貼るものです。 大ラベルには7銭と記入があり、時代は昭和初期くらいのものでしょう。

時計が二つ並んだもの

戦後

10個パッケージ

このトケイが二つ並んだものは戦後版だと思います。 また、もう少し若くなるとモダンなトケイ印になります、これさえ今ではもう使われていないのでしょうか?

マッチの歴史について

マッチの歴史の続きは、マッチのすべてがわかる バーチャルミュージアム「マッチの世界」(社)日本燐寸工業会 を御覧ください。

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