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和時計の文献

3. 和英通韻伊呂波便覧 慶応四年(明治元年・1868年)

和英通韻伊呂波便覧(わえいつういんいろはべんらん)
慶応四年戊申三月 土佐海援隊蔵版
尚友堂刊、木版、21丁、26x17.5cm

表紙

奥付

坂本龍馬が率いた土佐海援隊の出版物ですが、実態は原著「商貼外和通韻便宝」を丸写した海賊本です。 出版された頃には龍馬は暗殺されてこの本は見る事が出来ませんでしたが、作る段階では目を通していた可能性は有ります。 簡単な和英辞典のようなもので、英語の読み方まで振り仮名を振って大きな字で分かりやすく書かれています。 その他時計や磁石、和時計と英国時計を対比した時刻の見方などが説明されています。

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坂本龍馬 懐手の肖像写真

坂本龍馬 Sakamoto Ryoma.
1866年または1867年
高知県立民俗歴史資料館所蔵品

坂本龍馬の写真姿は慶応3年1月、長崎の写真師上野彦馬写場で撮られた、懐手の立ち姿が一番有名です。 (撮影者は彦馬の門人、井上俊三と言われている桂浜の銅像のモデルとなった写真です)

写真の懐手は何を意味するかという論議があり、

  1. 京都寺田屋事件で指を負傷してそれをかばうために懐手をするようになった
  2. ピストルを持っている、事実寺田屋事件では拳銃を使用している
  3. 本(万国公法)を持っている
  4. ・・・

などと言われて来ましたが、その後の新説は龍馬研究家の小美濃清明氏の時計説です。 写真の龍馬の右腰のあたり、袴から紐のついた小さな環状のものがチラついて見える。 それは龍馬が懐に所持している鍵巻懐中時計の巻鍵(key)で有るという見解です。 貿易商を夢見た新しもの好きな龍馬が時計を愛用していた事は有名で、それも米国製ウオルサムではないかと言われています。 残念ながら龍馬所持の刀もピストルも時計も現存を確認されていませんが、写真を見るたびにあの手の中に時計が握りしめられていると思うと興味津々ですね(笑)

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