1. 八角兵庫型
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メーカー | 製造年代 | 大きさ | 仕様・備考 |
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神谷時計製造合資会社(名古屋市) | 大正初期 | 全高65cm | 一週間巻き、ペイント文字板、 八角尾長(兵庫型) |
明治36年10月、神谷鶴次郎が西洲崎町で神谷時計製造所を設立して、ボンボン時計の製造を始めたが、 その後南武平町に移転して合資会社に改組し、神谷時計製造合資会社と改称し、再び流川町に移転した。 この工場では、屋上に備え付ける四方時計や、花籠時計を製造してその技術を誇ったものである。 その後、神谷が病気で起居も不自由になったので、これを田中定吉に貸与し田中は合資会社日本計機製造所を創立して跡を継いだが、昭和5年ころ廃業した。
参考資料 「名古屋時計業界沿革史」吉田浅一著(昭和28年刊)
時計そのものが大変少なく、またコレクターさんの本では変わった形の時計が紹介されることがほとんどの神谷時計。 この時計は、背板に大正5年購入の墨書きがあり、当時の一般的なスタイルです。
神谷時計であることが確認できるのは、唯一文字板のみ。 大変状態の良いペイント文字板にTMマークがあります。 文字板固定のネジ穴と木枠の穴の位置がきちんと合っているため、文字板だけ取り替えられた可能性は無いと判断します。 機械は、ノーマークで神谷時計を示すものはありません。足の取付け一は変わっておらず、機械も取り替えられていないと判断できます。 振子室のラベルは残っていますが、残念ながら文字は完全に消えています。 TMマークに、MANUFACTORY T.M CLOCK CO. NAGOYA JAPAN. とあった物と推測しています。
文字板
機械
振子と巻鍵
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振り竿は、一般的には木ザオ振子といって温度変化の影響を減少させるためにモミの木にニスを塗ったものを使用することが多いのですが、 この時計の振り竿は金属製です。高級品にはインバーという一般の鋼の1/10以下の膨張率を持つ金属を使ったものもありますが、そういう感じでもなさそうです。
他の神谷時計の機械
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機械だけ入手したもの、こういうものもあったという参考資料として掲載します。
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