1. 播陽時計製造会社 概略
播陽時計製造会社は明治21年呉服商矢内三次郎を社長に兵庫県飾東郡南八代村 (現在の姫路市八代本町一)に資本金2万円で設立され、同地に有った綿糸紡績所跡を利用し、動力はブリ輪と呼ぶ大きな車の人力や 水車を利用した。 アメリカから技師を招くなどして、四つ丸や八角のボンボンを製造、最盛期には月産30台を数えたが、数年で解散し、 その設備は名古屋の林時計が引き継いだと言われる。そのため日本の掛時計産業のパイオニアの一人であるが現物資料の 大変少ない幻の時計の一つでもある。
2. 十吋本四ツ丸
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ダイヤ形の商標 |
メーカー | 製造年代 | 大きさ | 仕様・備考 |
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播陽時計製造会社 (兵庫県飾東郡南八代村) |
明治21年〜23年 |
ペイント文字板十吋 全高56cm |
八日持 打方付 ※文字板はオリジナルでない |
文字板はペイント10吋ですが、この時計はオリジナルでなく紙貼り文字板になっています。
文字板縁は内側に折られいて、渦巻状の段になった文字板枠に重ねてハンダ付けされた丁寧な造りです。
文字板枠はフランジの幅が少し広く、6本の木ねじで留めてあります。12時の下にダイヤ形の商標ロゴが
オリジナル文字板には入っています。
機械はモデルのイングラハムに似た機械で地板、ボン針台に刻印はありません。
ラベルはイングラハムに似て二重丸の中に
DAINIHON TEIKOKU,
BANYAU TOKEI SEIZOKUWAISHA
CLOCK MANUFACTURERS,
◇(ロゴ)
ケースは茶漆塗りの上に杢引き模様(木目)が描かれているので金丸ではなく、初めから木地塗りであったようです。
下窓には金彩丸、全体にしっかりとした造りがなされたケースです。
どういうわけか現在見られる播陽時計はこの本四つ丸が多く、八角合長の方が稀で普通と逆転しています。
文字板
幅広のフランジ、6本の木ねじ留め |
渦巻状の段になった文字板枠 |
振子室ラベル
DAINIHON TEIKOKU, |
機械と振子
イングラハムに似た機械 |
振子 |
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