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名古屋時計製造合資会社

1. 名古屋時計製造合資会社の概略と商標

小泉徳兵衛、吉村富三郎、西郷浜三郎は資本金五万円を共同出資して、明治26年6月名古屋時計製造合資会社を設立した。 小泉徳兵衛が代表者となり、林時計の職工であった水谷駒次郎を職長として名古屋市塩町でボンボン時計の製造を行っていたが、 明治31年に小泉徳兵衛は死亡し、同37年に解散した。

職長の水谷駒次郎は同社の解散を機会に其の機械及び設備一切を譲り受けて、 明治37年、前ノ川町に水谷時計製作所を創立して、ボンボン時計の製造を始めたが明治末期に廃業。 また、鵜沢千代吉が明治39年に同名の名古屋時計製造合資会社を創立してボンボン時計を製造を始めたが暫くで廃業した。 この会社は同名の前社とは無関係で詳細は不明。

参考文献:名古屋時計業界沿革史 吉田浅一編纂、昭和28年刊

商標登録原本

明治35年9月10日登録 吉村富三郎

吉村富三郎が明治35年9月10日にトゲ丸にY文字の類似の商標を登録している。 小泉亡き後の名古屋時計の商標なのか吉村個人の商標なのかは不明。

明治44年4月22日登録 水谷駒次郎

名古屋時計製造が解散後、その後を継いだ水谷駒次郎は丸Tの商標を使っている。

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